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■愛情旅行

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愛情旅行
荒木経惟 荒木陽子
マガジンハウス 1989年3月8日発行

 旅行というのは何歳になっても楽しいものだ。荒木さんと陽子さんの二人で行く旅を陽子さんが綴り、荒木さんが写真を添えた。陽子さんの文章は決して整ったきれいなものではないのだが、不思議な”味”があるため知らず知らずの内にページを過ごしてしまう。もう何度読だことだろう。東京以外を撮る荒木さんは旅行モードといった趣で、肩の力が抜けた気持ちよい写真を添え、陽子さんの語りを引き立てる。この本にすっかり影響され、旅行写真にはプラウベルマキナ67というのは、筆者も実践している。

 「結婚して以来、私はいつも夫と一緒に旅行に出かけている。結婚して十何年もたっていると、普通は、気のおけない女友達何人かと旅行をする人が多いらしいが、私はそういう旅行をしたことがない。いつもいつも夫と一緒である。」と陽子さんが書けば、「私は、妻以外の女と旅行したことはない。いつも妻と一緒である。妻以外の女との旅行はいけないのである。道行きは妻とでなくてはいけないのだ。」と荒木さんが返す。二人の掛け合いが面白い。

 京都で開かれるバルテュス展を見に行ったり、軽井沢の万平ホテルにあこがれて泊まりに行ったり、肋膜炎になった病み上がりの荒木さんの療養と称して伊勢志摩観光ホテルへ行って一流の料理を堪能したり、と実に楽しそう。そんなお話が全部で13篇入っている。その旅行でのエピソードが陽子さんから見た荒木さんの姿を事細かに描き出してくれている。読み始めたらいつも一気に読みきってしまう不思議な本だ。

 「古都に行ったからといって、古寺散策などはしたくない、旅行ガイドでチェックしといた喫茶店めぐりをやる、市場の中をほっつき歩く、路地裏の野良猫を探し歩く、などというショーモナイ趣味は、相手につきあってもらうと、気を遣って疲れ果てる」ので、旅行中にお互いの自由時間を持つことにする。「自分がそんな風にショーモナイ趣味を愉しんでいる間、相手もまたヒトには絶対理解できない愉しみに浸っていたりする(パチンコ屋のはしご、B級映画館での昼寝、或いは昼食にカツカレーとラーメンを貪り食う・・・ウチの夫の場合、京都に行くと、自由行動はいつも「金閣寺の撮影」です)。」日常夫婦をやってはいるが、四六時中一緒にいるわけではない。お互い仕事を持っていたりすればなおさらだ。むしろ普段の方がそれぞれの時間を持てるものだ。旅行では、一緒にいるんだからとがんばって無理をしてしまうと、それぞれのやりたいことが出来ずに不満がつのってしまう。そこで荒木夫妻の考えたのが旅行中”お互いの自由時間を持つこと”だった。「一人でバカ気た愉しみに浸った後は、なぜか相手に対してやさしい感情が湧いてきたりするものだ。」おかげでその日の夕食は二人でおいしく食べられ、旅行は楽しいままに過ごすことができる。じつにさばけた考え方だと思う。何年も夫婦をやっているから出てきた考え方ではなくて、すでに「センチメンタルな旅」でも、この「自由時間」は写真として残っている。

 「バルテュスの夏」では、京都市美術館でバルテュス展が開かれるのを見に行こうと、宿泊を神戸ポートピアホテルにした。トゥール・ドールというお店で陽子さんの友達のユミコさんを交えて食事。怪しく酔い痴れた3人は部屋に戻って「女二人がベッドカバーの上でじゃれつき合い、脚をからませたり、舌の先をくっつけっこしたりしているところを、夫がバシャバシャと撮る」という”3P”を繰り広げた。
 軽井沢ではクラシックな万平ホテルに宿泊。カフェ・テラスの胡桃入りアップル・パイに舌鼓を打ち、レンタサイクルで二人サイクリング。ついでにハイキングをして、帰路、トイレのないまま山道で陽子さん立小便。
 志摩では、伊勢志摩観光ホテルに宿泊。初日の「浜木綿」の和食、2日目の「ラ・メール」のフレンチに感激する。英虞湾一周遊覧船と水族館見物。シロナガス鯨のペニスや、ウツボ、タコを撮っているうちにフィルムがなくなった荒木さんは一旦ホテルまで取りに帰るほど撮影に熱中した。
 熱海では「蓬莱」に宿泊。走り湯という露天風呂が階段を下りて下りて、下りきった所にあった為、風呂から上がったあとは逆に「湯上り登山」になってしまった。食事は最上級。「ヨーコが浴衣で寝っころがってる写真はすごくイイ写真だ。愛しあってるふたりが写っている。」このオリジナルプリントを一度扱ったことがある。

 京都に紅葉を見に行った時、陽子さんの書いた文中に「センチメンタルな旅」を振り返るくだりがある。
「その時の24歳の新婦は、31歳の新郎に何枚も何枚も写真を撮られた。京都ホテルのツイン・ルームのベッドに腰かけている新婦の写真は、なぜか幸せに光り輝いてはいない。(中略)私が唯一気に入っているのは、柳川の川下りの舟の中でまどろんでいる姿、だけである。夫はこれらの新婚旅行の写真をまとめて自家版の写真集を作った。「センチメンタルな旅」と題されたその写真集には、性交しながら撮ったものまで入っている。初めて見た時にはその部分にショックを受けたのだが(撮られる事自体はナリユキだから平気だったが、写真としてみるとやはりショックだった)、全体を通して眺めていると、彼がなぜ「センチメンタルな旅」と題したのかわかるような気になってくるのだ。(中略)少しかすれたような色調の写真を眺めていると、なぜか切ない気分、愛しい気分(生きることに対して夫に対して)が胸の底に漂い始める。生きることはセンチメンタルな旅であり、なおかつ彼にとっては、写真を撮り続けることがセンチメンタルな旅であるのだ。」荒木写真の最大の理解者であり、”共犯者”である陽子さんの存在は大きい。結婚する前から荒木さんと訪れていた京都。そこでの思い出は洪水のように溢れ出てくる感じがするという。

 「実ゆーと、ヨーコが計画した旅に私はついてゆくだけなのである。どこだっていいのだ、ヨーコといっしょなら。」楽しいことにはとことんまで突っ込みたい陽子さん。自身でも「子供っぽい」と語る彼女の性格を理解し、一緒に愉しもうとする荒木さん。そんな荒木さんが陽子さんの遺影に選んだのは、この愛情旅行の「バルテュスの夏」からの写真だった。

 「いつも私はホテルの部屋に入るとすぐセックスしたくなる。ベッドにおしたおし下だけ脱がし強姦する。シャワーを2人で浴びる。ディナーに行くおしゃれしたヨーコを窓明かりで1枚撮る。素敵なヨーコ、愛しのヨーコ。」
 この写真を生涯越えられないだろう、と荒木さんは言った。

2000年5月30日記


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