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10年目の[センチメンタルな旅] 荒木経惟 荒木陽子
冬樹社 1982年7月7日発行
 プロローグにある陽子さんの文章に、この旅のきっかけが書いてある。
『結婚十周年記念ということで、1981年6月から1ヶ月にわたりパリ、スペイン、アルゼンチンと回る予定を立てた。「1ヶ月旅をするってのは初めてだし、スペインでは二人きりになっちゃうわけでしょ、スペイン語を少ししゃべれるといっても、私心配だな」「いいじゃないか。スペイン語の他流試合に出かける気でいりゃいいんだ。オレが随行カメラマンをやってやるよ」「ところで、パリの写真はいろんな人が撮ってるけど、アナタはどーゆーのが撮りたい?」「そーだなー。やっぱりブラッサイの写真に出て来るみたいなさ、ケツ出した娼婦の写真なんて撮りたいねー」 まー、オケツでもバケツでも撮って下さい。だけど言葉の方はどーなの?と聞くと、オレはもーシュワッチ(手話のこと。身振り、手振りで感情を伝える)でいくからね、と怪気炎。 他流試合の妻とシュワッチの夫が繰り広げたパリ、スペイン、アルゼンチンの旅。それは十年目の<センチメンタルな旅>だった。』
 海外旅行をするには言葉が出来なければ、と思う筆者である。英語さえしゃべれない状態ではパリもスペインもアルゼンチンも一生無理だろう。でも、文中で様子をうかがうに、陽子さんはスペイン語はある程度しゃべれるにしても、フランス語は片言だし、荒木さんはほとんどシュワッチなのだから、勇気あるなぁと感心する。海外旅行できるかどうか、は、本人の考え方次第のようだ。

 パリまでは桑原甲子雄夫妻が同行する。エールフランス機内でディネ(夕食)の時間。荒木さんは赤ワインをあっという間にあけて、陽子さんに教わった「ヴァン・ルージュ・アンコール・スィル・ヴ・プレ」と金髪スチュワーデス(ドイツの女スパイとアダ名をつけていた)に言うと、ちゃんと赤ワインが席まで届き、大喜び。食後、陽子さんは玉村豊男のエッセイでパリの文化を勉強する。曰く「カフェなくしてパリにはなり得ないし、またカフェは、同様の形態が世界の、あるいはヨーロッパのいたるところに存在するにせよ、やはりパリという都市の中に置かれたときにもっともそのカフェらしい特色を発揮する。」 パリへの思いがふくらんでいく。

 パリの陽子さんの様子は実に楽しそうだ。それはもちろん、大好きなカフェが至る所にあるのだから。カフェ・ドゥ・マゴの店先で桑原夫妻と共に素敵な笑顔を見せる陽子さん。行く先々のレストランで食べた食事の様子が事細かく著され、全く様子を知らない者でも食事くらい出来るかも、という気にさせる。荒木さんは一つ覚えの「アン・ドゥミ(生ビール)スィル・ヴ・プレ」を連発。
 『ドゥ・マゴの向かい側にある<カフェ・コロンビア>でハンバーグ・ステーキを食べる。(中略)食事を終え勘定してオツリを待っているとなかなか持ってこない。私が立っているのを見たギャルソンがやれやれという顔付きで、「ヴォアラ(はいよ)」と言いつつオツリを渡してよこした。それは5サンチーム(日本円で2円くらい)であった。あーそーか、こういうオツリが少額の時には金を渡してサッと立ち去るのがカッコイーんだと、納得。勘定は、セルヴィス・コンプリ(サービス料含む)だからオツリはきちんともらってよいけれど、小銭はチップとしてテーブルに残す。そーすると「メルスィー」と言ってギャルソンがニコッとほほえむ。あの感じがとても好きなのだ。たいそうな額のチップを置くのは、ヤボな成金趣味でヤだけど、セルヴィス・コンプリだからチップはあげないよ、というのも何かつまらない気がする。』 日本ではなじまないチップという文化。サービス料込みでも小銭を残すのが粋なようである。こういう小さなことまで注意深く観察している陽子さんの旅行記には、既成の旅行ガイドブックにはない何かが文面から立ち上がってくる。

 ホテルの朝食は、必ず「バゲットとキャフェ・オ・レ」最初はパリパリしたバゲットをおいしいと絶賛していた陽子さんも、一週間の朝食が毎日同じで食傷。自宅ならご飯に大根とアゲの味噌汁、ハンペンのバタ焼きを食べるのに・・・、と少し弱気。フランスにあこがれながらも同化するのは難しいようだ。荒木さんは「ジャポ寝すっかな」と昼飯の中華まで昼寝と決め込む。パリに滞在中でも和食屋さんに行ったり、アラブ料理の店に行ったり、と、あまりフランス料理そのものに興味がいかないようだ。

 陽子さんがスペイン語を話せるのは、お母さんが再婚相手とブエノスアイレスに暮らしているからのようだ。この旅の数年前に陽子さんは一度お母さんを訪ねている。
 スペイン語が少し出来る陽子さんの存在で、語学の全くダメな荒木さんでも長期滞在が出来たようだ。バルセロナに到着してからタクシーの運ちゃんにホテルを紹介されて、そこへ行ってしまえるのは言葉がわからなければとても出来ることではない。<オテル・モンテカルロ>のグランカーマ(ダブルベット)の部屋は「まるでラブホテルだね」という雰囲気。一風呂浴びて早速寝心地を試す二人。「バルセロナの陽光浴びし愛のコリーダ、キモチンヨカ。」 このグランカーマでは、何度か愛の嵐(アラキ)が吹き荒れた模様。

 旅行記はこの後陽子さんのお母さんを訪ねて、ブエノスアイレスまで記述が続く。

 あとがきには荒木さんの言葉があった。「長旅の疲れをパリで3日ほどで癒し、東京にもどった。やっぱり、東京が一番いい。とはゆーものの、妻の旅日記を読んで、股ふたりで旅がしたくなったねぇ。新婚旅行の記念写真集に<センチメンタルな旅>と題して、あれから10年目、妻とパリ、スペイン、アルゼンチン、一ヶ月の旅、楽しかった。やはり旅は愛する女とのふたり旅がいい。なーんちゃって。2日酔いの脳天気、寂しがりやの私には、ひとり旅なんかできっこない。(後略)」 ここに至って、読者は題名が<10年目のセンチメンタルな旅>であることを知る。つまり、あのセンチメンタルな旅の中で登場した陽子さんの”漂うような存在”を追う、という荒木さんのとらえ方は、ここではもう見ることは出来ないということだ。十年一昔というが、荒木さんと陽子さんの写真関係が、10年でここまでかたちを変えてきたということは、筆者も既婚者であるだけに興味深いことだった。

 発行日の7月7日は、荒木さんと陽子さんの結婚記念日である。写真家として、愛妻家として、夫婦の記念日にこの本を発行する荒木さんの姿は清々しいと思う。

2000年8月22日記

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