定休日


晴れ。布団干し。

昨夜は夕食を食べながら「2001年宇宙の旅」を観た。”夕食を食べながら”というところがミソ。女房も娘の一緒に、ということ。ここ最近AIが描かれている映画をいくつか観ていたこともあり、それが”予習”のような役割でHALがしっかりAIしてるってことを確認できた。
モノリスが人類の前に立つたびに不穏な音楽がバックに流れ、ツァラトゥストラがドーンと鳴って都度人類は”進化”を遂げる。町山智浩さんの解説:ツァラトゥストラを書いたニーチェは(科学の発達によって)「神は死んだ」論者。進化論とキリスト教は相容れない。
ここでの進化は「上位意思」のようなものに引っ張り上げられるかたち。その「上位意思」はこの映画では「神」じゃなくて宇宙人ということらしいが、姿は描かれない。一度撮影したんだけど宇宙人ぽく表現できなかったから出さなかった、という話とともに、進化の末肉体を捨てて意思だけの姿に”進化”してしまった、とものの本に説明があった。それって日本だと「神(カミ)」のような存在感だが・・・。
この映画は極端にセリフが少ない。BGMもほとんどない。それだけに、鳴る音、鳴る音楽にはいちいち意味があると思ってしまう。
最初観た時は、もちろんこの映画の描いていることの意味はほとんどわからない。HALが人間と対決して最後には負ける、って場面はわかるけど、その後がまったくわからない。長い長い光の空間を抜けた先になんでホテルがあるのか。
でも、宇宙空間、宇宙船内での丁寧で細かい描写を観ているだけで”説得”されてしまい、この映画がただものではないということを直感してしまう。一見わからないことでも何か意味があるだろう、って感じで知りたくなる。ちなみにホテルは宇宙人がワープを繰り返しはるばるやってきたボウマン船長を歓迎する意味で用意した接待の一環だったらしい・・・。
たしかに生き物は絶えず進化し続ける。人間もまた今現在も進化し続けている途上なのかもしれない。この映画では導かれるようにして宇宙人(スターチャイルド)に進化した人間を描いた。この間観た「エクスマキナ」では人間はAIという”次世代”を生みだすことで役割を終える。ターミネーターもわかりやすい人間とAIの争いだ。そういやエヴァンゲリオンの人類補完計画は人間を”人口進化”させるって話だった。どれもこの映画の影響を強く感じるよね。それだけにこれらの映画でも”種族間の争い”が描かれ、勝った者だけが次世代として生き残る結末だった。共生は許されないのか・・・ナ。
要所要所でワタシがついあれこれと注釈っぽく喋ってしまった。途中から娘は観方のコツを掴んだようだったが、視覚や直感を重視するキューブリック映画には余計なことだったかもしれない。

仕事を終えてからランニングに出る。来週は調整しなきゃならないことがいろいろあって走りに出られないかもしれない。
7005歩 4.19km 57分 388.1kcal 15.4g

sdQuattro10-20mmF3.5

2017-05-23 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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