1998年1月上野アメ横前 LEICA M3 SUMMICRON35mmF2


SUMMICRON35

上野といえばアメ横と言えないこともない。いや、年の暮れに上野に行けば、これはアメ横以外考えられない。アメ横を歩くと「その時」のイイものを安く売っているのだが、「その時」そのものがタイムスリップして売り物になるときがある。年末を想像してみればわかりやすい。歩いているだけでも「その時」を味わえる不思議な空間と化すのだ。
 行き交う人が「その時」を演じるエキストラに見えたら、店のアニキは口上も威勢よく主演を気取りだす。そして自分もどこからかカメラで撮られているような錯覚を覚え始める。他の商店街ではなかなか聞くことの出来ない口上が郷愁を誘う。アメ横で売られているのは単に激安の品だけではない。その雰囲気も売り物なのだから、じっくり味わいながら買い物を楽しみたいものだ。

 クラシックカメラといえばライカと言えないこともない。そのライカを製造したドイツ・ウエッツラーのエルンスト・ライツ社が、バルナックライカと呼ばれる戦前型ライカの後継機として1954年に発売した新型がこのライカM3である。
 手に取るとズシリとした重み。ひんやりした金属の感触。仕上げの美しさ。デザインの普遍性。どれも現在のカメラにはなかなか望むことが出来ない。他の追随を許さないその完成度の高さから、レンジファインダー(距離計)を持つカメラの最終発展形態とまで評される。つまり、このタイプのカメラはM3以上の発展を成し得ないということだ。実際に現行機M6は細かい点を除けばこのM3と相似系であり、発売から45年経った現在もその基本的なデザインは変更されていない。
 ライカに追いつき追い越せをモットーにライカコピー機を作っていた日本のカメラメーカー各社は、これ以上の競争は無意味と判断。日本光学など大手メーカーは距離計カメラから一眼レフカメラの開発に力を注ぐようになった。皮肉にもライカは頂点を極めたが為に日本の一眼レフ攻勢に火を点けた事となってしまった。後にエルンスト・ライツ社は安価でよく写り、丈夫な日本製一眼レフに押されたため、M5を製造している頃、経営難に陥り自社株を売却した。現在はスイス・ドイツほか多国籍企業によるライカ社が、ドイツ・ソルムスにてライカM6、R8などを製造している。M型ライカは露出計が内蔵され、フラッシュ制御をTTL化するなど、機能面での発展はあっても、ものとしての魅力はコスト削減の波に洗われた結果、半減してしまっている。

 組み合わせたズミクロン35mmF2は、知る人ぞ知るカナダライツ社による当時の最新鋭レンズだ。8枚のレンズエレメントを持つこのズミクロンの撮り込む鮮鋭な画像はすでに伝説となっており、絞り開放から驚くべき解像力を示す。戦前のライカレンズはズマールに代表される写りの柔らかさに定評があったが、ズミクロンの登場によってライカレンズはM型ライカとともに新時代へ突入する。M3にはファインダーに35mmフレームが内蔵されていないため、M3用ズミクロンは眼鏡を掛けたこのスタイルになる。
 M型ライカに望遠レンズを組み合わせる人も多いが、やはり広角レンズを付けてスナップ撮影に使用するのがライカ道の極意ではあるまいか。

LEICA M3 SUMMICRON35mmF2

SUMMICRON35mm

 ライカM3は1996年の2月の寒い日に、銀座のウツキカメラで買った。もちろん、ローンである。お店にあったM3を全部出してもらって、とっかえひっかえしてファインダーのきれいなものを選んだ。75万代の2回巻き上げ式。クラシックな使用感は筆者を感激させた。14万円。うれしくて買ってすぐ、当時持っていたズミタールをアダプターで装着し、首から下げて皇居前広場をニヤニヤしながら当てもなくうろついた。よく職務質問されなかったものだ。世界最高のカメラというのはいつの時代にもあるものだが、40年以上も世界最高と言わしめたカメラはこのM3をおいて他に無い。1954年はカメラという工業製品の分野でひとつのピークを迎えた年であったことは間違いない。
まだ一度もOHしていないが、最近早田カメラさんに「調子いいよ」と言ってもらった。ただし、吊り金具、いわゆる「犬耳」が外耳炎にかかっていると言われ、ストラップを吊すのに丸金具をやめ、登山用の紐を使用している。
ズミクロンは1997年の正月に銀座三共カメラで買った。M3とほぼ同額のきれいなものだった。よく考えてみると、この組み合わせで持ち出したとき、肩には30万円の札束をぶら下げているのと同じなのだ。気を付けなければ。
M3にはファインダーに35mmの枠がないが、この眼鏡付きなら、50mm枠が35mm枠に広がって見える。ライツの技術者の発想と工作力には頭が下がる。ぴかぴかのズミクロンだったが、買ったその日に眼鏡に傷を付けた。

1998年11月1日記

2016-03-24 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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