1998年11月神田駿河台下 LEICA M3 RUSSAR20mmF5.6


RUSAAR1

 神田駿河台下の交差点。筆者の仕事場である東京古書会館はこの交差点を渡ってすぐの位置にある。週に4日通う道すがら、いろいろなカメラでこの「第二の故郷」を撮りためた。写真は夏の暑い昼下がりの一枚。
ライカコピー機を作っていたのは日本だけではない。ヨーロッパで盛んだったのはごく当たり前の事にすぎない。その中でロシア(旧ソ連)は、第二次世界大戦終了時のドサクサを利用して、旧東ドイツ地域の技術者を連行した。その中にはカール・ツアイス・イエナの光学技術者も含まれていた。
その結果、ソ連製のL(ライカ)マウントレンズにはツアイスのコピーをしたものが多い。それがジュピターシリーズである。現在、ビオゴン35mm、ゾナー50mmなどの銘レンズのロシアコピーは本家ツアイスの1/10程度の価格でカメラ店に並ぶ。一流の光学技術を模してあるため、当たりを引けば素晴らしい描写が楽しめるが、工作精度が悪く、はずれを引くことも多いという。
ツアイスにはハリー・キャラハンが愛用したビオゴン21mmF4.5という名レンズがあるが、このルサールはそれをそのままコピーしたレンズではなく、ロシアオリジナルである。前後のレンズの曲率はルサールの方が大きく、その結果か、ビオゴンよりも小型である。
ライカに装着すると、マウント面からフィルム側に突き出した後群レンズが、もはやシャッター幕に接触しそうである。これが対称型広角レンズの特徴であるが、一眼レフ用のレンズにはミラーボックスがあるため、設計が難しく、このタイプの超広角レンズは現行品では存在しない。
一眼レフ用(レトロフォーカスタイプ)超広角レンズでは、収差の関係で必ず写した線が曲がってしまうが、この対称型レンズで写すとまっすぐに写る。最新が最高とは限らないという好例ではないか。進化したために捨てざるを得なかったものもある。メーカーはそれを黙して語りはしない。

LEICA M3 RUSSAR20mmF5.6

RUSSAR20mm

 このルサールは何年か前にウィーンから直接輸入した。ファインダー付きで確か3万円そこそこだったと思う。コンタックス用のビオゴンや、スーパーアンギュロンと比較してしまうと、プラスチックの外装で、おもちゃのように見えてしまうが、実写では負けていない(と思う)。プアマンズ・ビオゴンである。
付属のファインダーの外見はなかなか良いのだが、覗いてみるとめまいがする代物だった。運良くコンタックスG2ビオゴン用のファインダーを単体で手に入れたので、それで代用している。目測式だが、超広角レンズのため、距離あわせはほとんど必要ない。赤城耕一氏によればF11の絞りが一番良いそうだ。F11の絞りにし、距離を1.3mに合わせれば、最短から無限遠まで被写界深度内に収まってしまう。超広角レンズはである20mmは距離あわせの要らない焦点距離なのだ。現代AFカメラに付けて動かす必要など全く感じない。筆者はトライXを入れ、日中、F8、1/1000の組み合わせで東京をライカに取り込んでいる。このレンズにはモノクロが似合う、そんな気がする。
超広角レンズを付けてライカで東京を覗くと、せせこましい空間も広く見えるので気持ちがよい。

1998年11月1日記

2016-03-21 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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