1998年11月佃 天安 RETINA IIc XENON50mmF2.8


XENON50

 月島・佃島といえば、筆者の好きな場所の筆頭格だった。しかし近年の内需拡大策は、当然と言えば当然ながらこの中央区月島にも波及した。天安はまだその姿を保っているが、周りの様子は徐々に変わりつつある。取って付けたような住吉小橋が出来たときにはやはり吃驚したし、道路の舗装がタイル張りになったときにも驚いた。「住宅地」という位置づけなら必要ないし、「観光地」として整備したのだとしたら自殺行為だ。
 アメリカが呪文のように唱え、日本へ要求する「内需拡大」とは、旧市街を潰し、大資本、もしくは公共事業による高層ビル建築という形になって我々の前に現れる。現在だけでなく、これからも続いていくこの「再開発」はTOKYOをどんどん拡大させていくことになるだろう。良いか悪いかは別だ。しかし、その流れが止まることは東京がTOKYOである限りは絶対に無い。
 公共事業は程々にしてほしい。天安の佃煮がおいしいことと、そばの公園で遊ぶ子供たちの歓声だけが救いだった。

 レチナはアメリカのコダック社が、ドイツの中堅カメラメーカーだったナーゲル社を買収し、ドイツコダック社として作ったカメラだ。設計から制作まで純ドイツ製である。
 撮影に使用したカメラはレチナの戦後型。戦前のレチナはブラック塗装を施した角張ったデザインで、使わないときにはレンズが沈胴し、レンズカバーが蓋となるなど、クラシックなルックスで印象も良い。
 戦後、角張ったデザインを丸みを帯びたデザインに改めた。このIIc型も戦後作られたものだ。ちょうどこの頃、ライカはM3を発売し、レチナの大衆機路線とシェアを争った。
 ライカも当初はそうであったように、型式は1型が距離計無しモデル。2型が距離計付きの簡易ファインダーモデル。3型はレチナが露出計付きモデル。ライカは準等倍ファインダーモデルと、数字が大きくなるほど高級機とした。
 レチナにはレンズが各種付いており、安い1型から高価な3型まで、ドイツの名門シュナイダー社のクセナー、クセノン。ローデンシュトック社のヘリゴン。コダック社のエクターなどの種類がある。どれも一級品であり、それぞれに描写の特徴があって楽しめる。1型には手を抜いたレンズを使う、というようなことは一切しないドイツのマイスター根性が感じられる。
 この2c型の後、距離計(大窓)、前群交換式レンズ、露出計内蔵の3C型まで発展し、フォールディングタイプ・レチナの歴史は幕を下ろす。
 ヘリゴンの透明感が良い、エクターの柔らかさが好きだ、など、レンズ談義は尽きない。

RETINA IIc XENON50mmF2.8

RETINA

 IIc型のクセノンF2.8が桁違いに性能が高い。と聞き、持っていたIb型を手放して購入した。このカメラも高輪で買ったが、ファインダーがゴミでほとんど見通せなかった。それもあってか、聞いていたレンズの性能と見合わないプライスタグが付いている。ここのカメラは基本的にアメリカから輸入したそのままで店頭に並ぶ。そのかわりに値段を抑えてあるのでつい買ってしまうのだ。
買ってすぐに落下事故を起こし、ヘリコイドが渋くなった。掃除してもらおうと思っていたので、南青山のレチナハウスに修理かたがたお願いした。出来上がってきたそのファインダーのきれいさに驚く。まさに「甦った」という感覚だ。レチナの出番が少なくなってきている方、ファインダーが汚いと写欲が削がれるため、ファインダーの清掃をお勧めする。

1998年11月24日記

2016-03-20 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

関連記事