1998年12月M大校舎 EASTMAN KODAK SIGNET35 EKTAR44mmF3.5


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 御茶ノ水界隈には大学がたくさんあり、そのために古書店街が発達したと聞く。現在は古書店街の隣にはスポーツ用品店が軒を連ねており、そのまま秋葉原の電気街へと繋がっている。
 学生の指向がどこへ向いているのか、よくわからない。三省堂など新刊書店にはいつも若い人が多いが、一階の雑誌コーナーを立ち読みしているのが関の山だ。知識よりも情報が手っ取り早く金になる時代である。こつこつと勉強をして知識を蓄えるなどというカッタルイことはやってられないとでもイイタゲだ。勉強をよくする事は日本人が世界に誇れる唯一だったが、それを放棄し、教養を身につけることなく情報の尻を追っかけているようでは、この民族もオシマイだ。
 今もこの界隈にはN大学、M大学が残る。C大学は八王子へ移転した。その中でM大学は3年の月日をかけて記念館とよばれていた本部を建て替え、「R・タワー」と命名した。旧校舎の一部が遺構として残されていたが、ついに取り壊されてしまった。その姿は人の記憶と写真の中でしか見ることは出来なくなってしまった。
 旧校舎の質感を金属に例えるなら、新校舎の質感はやはりプラスチックだ。現代の日本人が作った建築物には軽いものが多い。再開発といえば高層ビルを作ること、と思考が固まってしまって面白くも何ともない。建築は思想と直結している。残念ながら現代日本人の思想の軽さを建築物が象徴しているのである。お世辞にも格好の良い建物とは思わなかったが、無くなってみると重厚な印象を抱かせた旧校舎が懐かしい。

 コダックシグネット35は、アメリカはローチェスターのコダック本拠地にてレンズ・ボディとも製造された、純アメリカ製カメラである。最近はカメラファンの間でエクターの人気が高く、カードンというアメリカ製ライカコピー機に付いた標準レンズ、エクター47mmF2(Lマウント)にはべらぼうな値段が付く。レチナにもエクター付きのモデルがあり、やはり人気が高い。
 このエクターは3群4枚のテッサータイプである。どうやら構成レンズの枚数などで区別をしている様子はなく、ローチェスターで作られた高級レンズにはエクターと名前を付けたようだ。
 そのエクター付きカメラのなかでも、このシグネットは一番安価に手に入る。シャッタースピードは1/300が最高速で、低速は1/25までしかなく、あとはバルブで調節する。確かに安いシャッターが付いている。
デザインはライカに比べて随分寸詰まりで、丸っこい。左右対称を意識していてファインダーと距離計窓をうまく配置している。ただし、シャッターに指をかけると距離計窓を塞いでしまう。未消化な部分を残しているように思う。
 エクターは全般的に逆光に弱い。作例は9月の昼下がり、2時頃撮影した。うっすらと独特のフレアがかかる。

EASTMAN KODAK SIGNET35 EKTAR44mmF3.5

CIGNET35

 9月に開かれる伊勢丹の中古カメラ市で購入した。中古カメラ市は年々人が増え、初日などはカメラを見に来たのか、人の背中を見に来たのかよくわからない状況が続いていた。半年に一度のお祭りと思えばいい、と心を決め、初日に集まる田村彰英さんや、赤瀬川原平氏、田中長徳尊師、坂崎幸之助師匠の姿を遠目に眺めるだけで、あの雑踏の中では買い物をしたことがなかった。
そんな状況も一段落し、このごろはカメラも見ることが出来るようになった。それでは、と早田カメラで買ったのがこのシグネット35だ。他のカメラ店と比べると一声値段が高いが、全点店主によるOH済みの品なのである。早田さんの面倒見の良さは有名だ。カメラの中には「早田シール」が張ってあり、これが永久保証のシルシだ。
ただし、早田さんは浅草の江戸っ子である。ソリが合わない人は無理に買うべきではない。

1998年11月23日記

2016-03-18 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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