1998年12月谷中 LEICA M3 ELMAR50mmF2.8


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 谷中と言えば、霊園とお寺。徳川慶喜の墓所も谷中霊園にある。この作例を撮影した場所は谷中一丁目のお寺街のど真ん中である。画面中央にある樹の生きてきた年数は数十年ではきかない。百年以上この場所でこの風景を見つめてきた。ここで道が分かれていることから見ても、長い間ランドマークとして働いてきたことは想像に難くない。東京をいろいろ歩いてきて、道を割るように生えている樹を他に知らない。
 人間の寿命は延びたとはいえ、せいぜい80年。とてもこの樹には及ばない。人間を越えた存在を神と定義付けるとすれば、この樹に神が宿っているかもしれないと考えるのは自然なことだ。開発が優先され、邪魔になるから、と、何百年も生きてきた樹をあっさり切ってしまう昨今だが、樹を切ると「バチ」が当たる、という自然に湧き出てくる感覚を大事にし、この樹を切らせない谷中の人には心の余裕を感じる。
 人間の高さに関する感覚の一つの目安は、マンションが建ち並ぶ前の長い間樹木の高さであった。大きな木は存在することそれだけで子供たちの遊び場になり、目印になり、憧れになった。その憧れの背の高い木がマンション林立によりその地位が怪しくなっている。くしくもこの平和な谷中に場違いな馬鹿でかいマンションを建てようとしている業者が出現した。自分たちが小さい頃の大切な感覚をわざとぶち壊し、内需拡大の大義名分を盾に木よりも高い建物を建てる。建築には常に破壊が付きまとう。建築そのものが破壊と同義になることもある。今回のマンション建設問題は「建築していながら実は破壊工作をしている」事例になりそうだ。それに気づかない人間がいることを残念に思う。
 小学生は楽しげにこの樹を見ながら家路につき、車は心なしか遠慮がちに通り過ぎていく。この子たちが大人になってからの「心の風景」が馬鹿でかいマンションであってはならない。

 「物神」という言葉がある。
 ライカM3はコストの問題も絡むとは思うが、現代の技術を持ってしても、もう製造することはできないようだ。M2以降、その完璧なまでのファインダーはコスト削減の波に削られ続け、現在のM6に至っては測距窓の「テカリ」で測距不能に陥ることすらある。この不具合はRF機としては致命的だ。M6は露出計が内蔵されていて、M3よりも便利である、という評判を聞くこともあるが、やはりRF機の本質は露出計の有無にあるのではない。M3の思想はM2以降後継機を持たず、40年経た今、ここまで削られてしまった。そういう意味では、M3は現代人が到達できない孤高の境地に存在していることになる。「物神」として崇められたとしてもなんの不思議もない。
 この谷中の樹に心惹かれ、何度も訪れ、いろいろなカメラに収めたが、なかなか思うように写ってくれなかった。今回ライカにエルマーを組み合わせて使用したところ、やっとうまくいった。樹のマッスがなかなか出なかったのだ。物神M3に対してこの樹が反応したのかもしれない。
 国産レンズとドイツ製レンズを撮り比べてみていつも思うことだが、ドイツ製レンズの方が、グラデーションが豊かだ。かわりに国産レンズはピーカンやフラッシュ撮影の時にバランスがとれた描写をする。曇り空が多いドイツの気候が、設計するレンズをそうさせたとも聞く。和辻哲郎の思想のようで興味深い。ただし、最近のライカレンズは、アスフェリカル(非球面)化し、お客様である日本を意識して日本製レンズに描写を似せてきている、となにかで読んだ。ドイツレンズの特徴が一つ減ってしまったようで面白くない。

LEICA M3 ELMAR50mmF2.8

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筆者にとってやはりライカは特別な存在のようだ。このM3を購入したとき、もうこのカメラだけで充分なんだ、と考えてライカ用レンズ以外は売って、そのお金でズミクロンやエルマーの有名どころを揃えよう、などと思った。その第一弾がペンタックスLX用に使っていたレンズをほとんど売って手に入れたこのエルマーだ。銀座のウツキカメラにLX用のレンズと、いつの間にか増えた使えるかどうかもわからないガラクタを持ち込み、下取り交換をしてもらって購入した。7万円だった。
性能を試そうと、買った当時は室内で開放絞りを使って撮ったりしたが、内面反射が起こり、あまり芳しくない写り方をした。しかし、屋外にでてちょっと絞るとやはり素晴らしい写りをする。沈胴させるとコンパクトになり、携行にも便利だ。そうこうしているうちに他に欲しいカメラが出てきて、ズミクロンを揃える計画は、35mmを買った時点でストップしてしまっている。一度アメリカから50mm沈胴ズミクロンを輸入したことがあった。外観はきれいだったが、写してみると画面全体がぼけぼけ。レンズエレメントが外れていたのだろうか。その返品を巡ってそのアメリカの業者と一悶着あり、それ以来ズミクロンとは縁がない。標準はエルマー一本でも充分であるが。

1998年12月22日記

2016-03-14 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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