朝から雨が降っている。冬の終わりにしては気温が低い。

朝飯を食べて仕事開始。荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。
オヤジは横浜の交換会へ行っている。昼過ぎに帰ってきた。と思ったら、愛書会展の荷物を運送屋さんが運んできてくれた。いつもお世話になっております。母親と3人で荷受け。盛んに「ホラ、まだこんな元気に動けるよ!」とアピール。いいんじゃない?
ツイートとニュースの編集をしているうちに昼飯の時間。それまでに少しだけ本の整理に取り掛かれた。

雨は降り続いている。外の均一台はお休み。オヤジは15時過ぎに出て横浜へ落札品の引取りに向かった。
ワタシは引き続き本の整理。

昨夜は遅くまで「ブレードランナー」完全版を観た。これで一通りブレードランナーは全バージョン観たことになる。デッカードのナレーションが入っているかどうか、の他にも幾つか他のバージョンと相違があったけど、ユニコーンが走っている映像を入れるかどうか、で大きく印象は変わる気がした。ただ、昨夜夕食時にゴリ押しして観たファイナルカット版を見終わった時、ブレードランナーに初めて触れた娘はエレベーターがガチャンと閉まってエンドロールのラストを観て「え?これで終わり?わかんないわかんない。どういうことか説明してよー。」と言っていた。ん(!)、この反応だね、きっと。ワークプリント版のラストと変わらないこの形だとストーリーから置いて行かれる人が出たんだろう。そう考えると、劇場公開版にデッカードのナレーションが入ったのは興行成績を考えたら当然だったのかもしれないね。
その後にブレードランナーという作品自体にカルト的な人気が出て繰り返して観る人が出たことで、作品の理解が深まり、ようやく本来の表現を監督がリリースできたってのが「ディレクターズカット」への流れなんだと思う。だから、最初の劇場公開版を(ビデオなどで繰り返し)観ていた人にはディレクターズカットはすぐに理解できたし、ユニコーン映像も含めて新鮮な気持ちで観ることができたと思うけど、ここで初めて触れる人には敷居が高い作品になってしまったはずだ。
何しろ、ナレーションが消えたことでデッカードの内面が「全く描かれていない」ことになってしまい、観客は主人公に感情移入して映画に入り込んでいくことが不可能な構造になっている(ワタシは今でもデッカードとレイチェルのラブシーンは”唐突”って印象を持っている)。一方でダークヒーローとして観るにはロイは複雑なキャラクターすぎる。はっきり殺人するシーンも描いてあるし、白い鳩を抱えていた様子を見ても感情移入はちょっと難しい・・・。
初めて観た娘が「わかんないわかんない」って言うのもしかたないことだと思ったわけです。
1118歩 0.66km 11分 53.8kcal 1.3g
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2016-03-14 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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