1999年1月自転車タクシー LEICA M3 NIKKOR-S.C 5cmF1.4


NIKKOR50

 これは両国国技館のとなり、江戸東京博物館に展示されている自転車タクシーである。これに乗って街を移動し、お金を支払っていた。こんなおおらかな時代も日本にはあったのである。現代では観光名所に有ったとしても、お金を払ってまで利用してくれる人がいるかどうか。
 しかし、この自転車がタクシーの役を務められた時代の人間と、自動車をタクシーに使用している現代人と、実際には同じ人間である。違うのは「文化」が「進歩」してしまったということだけだ。文化が進歩してしまうと、自転車で満足していたタクシーにはとても乗れなくなる。電気の便利さを知ってしまうと、無くては生きられなくなるようなものである。人間はなんとも不便にできている。
 カメラにも同じ事が起きている。一度AFに慣れてしまうと、MFではとても写真は撮れなくなる。ズームレンズじゃなければ不便この上ない。露出計が内蔵されていなくてはとても写真機とは言えない、となり際限が無い。
 写真は、カメラ(暗箱)、シャッター、写真レンズとフィルムが揃えば写る。露出の決定、フィルムの装填、ピントあわせなど、人間が操作していた不確定要素部分をカメラ側ができるだけ自動化してユーザーから取り上げてきた。カメラの進歩とは、どれだけ便利に手間をかけずに写真が撮れるか、ということを追求する作業になってしまった。本当は、その手間のかかる部分が撮影の楽しみであり、写真術としてのプロのノウハウであったはずだ。
 カメラが進歩をして、わずらわしいはずのその操作から開放された現在、写真は大きく発展したのだろうか。複雑なカメラ操作をカメラ任せにしないで撮った写真のほうが、プロとしての技が込められていたと思うのは、筆者の錯覚なのだろうか。現代写真が写真史に残っていけるのかどうか、はカメラの進歩とは全く切り離されている事だけは確かである。

 天下のニコンがライカのアンチだった時代、このレンズはライカコピー機「ニッカ」の標準レンズとしてLマウントで発売された。ツアイスのゾナー50mmF1.5のコピーだとクレームが付くほど、このレンズはゾナーと構成が酷似している。
 構成が似ているだけの駄目レンズならツアイスも大目に見たかもしれない。ところが、やはりこのレンズはツアイスが無視できないほどの傑作レンズだったのである。
 作例は開放で撮影した。ハイライトの部分になんとも言えないきれいなフレアがかかり、真綿に絹を絡めたような描写をしていることがこの画面でおわかり頂けるだろうか。このフレアは絞りF2でほぼ消え、F4あたりではシャープさを増していき、F8以上に絞るとだんだんかりかりの描写になっていく。
 このように、当時のレンズは技術が発展途上段階であったが為に、収差を抑えきれず、絞りを開けるとフレアなどが出やすい。しかし現代レンズの、もはや発展しようもなく、どれを使っても同じ、という状態では、個性という面でこのニッコールを使う理由があると思うが、如何だろうか。
 実は開放の描写が一番きれいなので、作例は室内ポートレートにしたかったのだが、適当なものが見つからなかった。撮影する機会があれば再掲したい。

LEICA M3 NIKKOR-S.C 5cmF1.4

NIKKOR50 (1)

 このレンズはレモン社の委託品で買い求めた。委託品は保証もつかないので、なかなか手が出しにくい反面、程度によっては相場を無視した安い品が出る事がある。このレンズとしては少々安い3万円代で手に入れた。
このころのレンズは真鍮で鏡胴を作り、分厚いガラスがいっぱい入っているので見た目よりも重量感が有り、頼もしい。
銀座のカメラ屋で、一番入りやすいこの店は、いつ行っても人でいっぱいである。中古カメラは委託品しか置いていない。いろいろなカメラがこの店を通過してユーザーに散って行く。やはりライカの特約店らしく、ライカ用のレンズやアクセサリーの在庫は多い。
買った日はたまたま松屋で中古カメラ市を開催している最中だった。松屋で買うものが見つからなくて、銀座をうろつこう、と思っていたらレモン社で発見したのだった。外観の程度はいいとは言えなかったが、レンズがそれほど汚れておらず、キズも目立たない。手持ちのお金がなかったが、ここではローンが組めるのである。M3を購入したときに覚えたこの方法を使い、図々しくも3回払いで購入した。フード径は43mm。中古カメラブームのおかげで、サードパーティ製で金属製のものを手に入れる事ができ、普段はこれを付けて使用している。今回は撮影のため、普段は使わない純正フードを装着して撮影した。

1999年1月29日記

2016-03-09 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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