1999年2月豊海橋 NIKON F2 Photomic NIKKOR-S Auto35mmF2.8


NIKON35mmF28

 有名な永代橋のそば、日本橋川の河口に架かるこの橋は、元禄11年(1698)に初めて架けられ、その後何回となく架け替えられて現在に至っている。現在の橋は、震災復興事業により、昭和2年に復興局が架設したもので、形はフィーレンデール形式という。この名は考案者の名をとったものだそうだ。
ちなみに大正15年5月に着工し、昭和2年9月に竣工した。大正15年は昭和元年だから、約1年半かかっている。
東京は明治以来、幾度か都市計画を実行するチャンスがあった。震災復興もそのひとつである。震災を千載一遇のチャンスとみた時の内務大臣後藤新平は、地震直後から矢継ぎ早に新東京のグランドデザインを議会に提出した。この時、永代橋、清洲橋など、現在見ても姿の良い橋が架けられている。ただし、後藤新平率いる復興院という臨時の役所にはいる「復興予算」をめぐって政治闘争がおこり、帝都復興は尻すぼみに終わる。その後に世界恐慌が起こり、日本も昭和初年の真っ暗な景気のまま15年戦争に突入していく。
現代でも言えることだが、国は予算で動いている。予算をたくさん集めた役所は、その使途を決定する段階で権力を得ることになる。帝都復興事業の予算を配分する権利を持っていた復興院には自然に権力が備わった。農村に票田を持つ政友会は、東京という都市に投下される予算の削減を計り、後藤新平の権力を取り上げようと議会で猛攻をかけた。帝都復興の重要性とはうらはらに、復興事業は予算をめぐる権力闘争の舞台となってしまった。
政友会の断固たる反対のため、復興院は復興局に格下げされ、予算は計画の1/10に削られ、その仕事も縮小を余儀なくされる。100年残る仕事をした復興局が権力を振り回しただけで終わっていないことは、震災復興で出来上がった隅田川にかかる名橋の数々によって知ることが出来る。政友会の干渉は、震災復興計画を妨害し、結果として現代の東京問題の種を蒔いたこととなった。後藤新平のような後世に残る仕事をした人が当時の日本には存在したのである。この橋を超える仕事を現代人は成し得ていない。清洲橋と永代橋の間に架けられている首都高速道路とは良いコントラストだ。どちらが美しい橋か、と聞かれて迷う者はいまい。

 ニコンF2は、名機Fの後継機として昭和46年9月に発売された。昭和34年発売の初代Fの後を継ぐだけの改良が施され、昭和49年にFが製造中止となるまで平行販売された。実はクラシックカメラとしての人気は、F2がニコンFシリーズの中で一番低い。やはり、ニコン神話を完成させた初代Fと、現行機F3の間に挟まれてこれといった売りが無いだけ、コレクションの対象になりにくいらしい。
現行機F3は電子シャッターをつんでいる。無論耐久性に関してはニコンの厳しい規格をパスしていると思う。しかし、我々は電子シャッターの生まれつきの脆さを経験として知っている。メーカーがサポートを止めた時点でそのカメラの寿命は尽きるのだ。名機初代FとこのF2は、機械式シャッターを搭載しているため、この運命からはのがれている。メーカーが正式にサポートを打ち切った現在も魅力が色褪せないのはその為だ。
つまり、現在は存在しない会社、日本光学株式会社は、100年残るカメラを作る仕事をしていたのだ。F一桁シリーズを電子シャッター搭載機のみの製造しかしていない現在のニコンは、その製品寿命をほぼ1/10に縮めてしまっているのである。現在は関東カメラサービスを正式工場と「認定」する事で製造責任を下請けしてしまったが、この姿が責任者のいない現代日本を象徴しているように思えてならない。F2の巻上げ部、塗装仕上げ、各部の作り、果ては付属革ケースまですばらしい出来だけに、ニコンの現在の態度を残念に思う。

NIKON F2 Photomic NIKKOR-S Auto35mmF2.8

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 やはりFは値段が高い。この2、3年で急激に値上がりしたニコンはS2とFで、コレクションの対象としても魅力があるようだ。たしかにS2はコンタックスマウントのツアイス・ビオゴン21mmなどの名レンズが使用できるため、コンタックスの皮をかぶった日本製ライカとしてクラシックカメラファンにアピールしている。Fは高度成長期の日本を象徴し、初代としての風格がクラシックカメラファンの所有欲をかきたて続けている。しかし、アイレベルファインダーで使うなら良いが、あの無理矢理増築したようなデカいフォトミックファインダーを付けてFを使いたいとは思わない。
さて、このF2。購入したのはやっぱり高輪であった。いつもなら3階のクラシックカメラと2階のペンタックスのコーナーしか見ないのだが、その日に限ってとなりにあるニコンのウィンドウに引き付けられた。F2がずらりと5台並んでいる。値段はニコンの最高級機としては安い値段が付いている。その中の一台と目が合った。そんな気がした。次の瞬間、ウィンドウからそのブラック塗装のF2を出してもらっていた・・・。
値段は5万円弱。レンズを付けてもらって各部を操作する度に、安いんじゃないか?と思う。外観も擦れさえ無く、小さいキズが一個所あるだけで新品同様であった。そこまで思ってしまったら、もうカメラに負けている。すでに操作方法も店員さんに聞いてしまった。買ってしまうか。もう買うしかないだろう・・・。結局、時代を合わせる意味でAi改造していないこの35mmといっしょに購入してしまった。
確かに少し大きく、重い。しかし、各部の操作、特に巻上げ部のしっかりした作り、フィルムを通したときの安定性は、ニコンの最高級機にふさわしい。悪いが、ペンタックスMXの巻上げ部が非常に安っぽく感じた。MXのきれいな個体と中古価格はほぼ一緒だが、性能は比べるまでもない。実力に見合うだけの人気が無い今が絶対の買い時である。

1999年2月17日記

2016-03-06 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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