1994年2月渋谷109 Konica Pearl II Hexar75mmF3.5


HEXAR75mmF35 HEXAR75mm HEXAR75

コニカパール2は、筆者が購入した最初のクラシックカメラである。スプリングカメラという古風な佇まいも魅力だったが、それ以上に当時最高のレンズだと思っていた「ヘキサー」というカメラと同じ「ヘキサーレンズ」が付いていることに心を動かされた。
小西六は当時3群4枚のテッサータイプレンズにヘキサーと、それ以上の高級レンズにはヘキサノンと名前を付けた。いわば廉価版レンズに付けられた名前がヘキサーであったが、現在ではヘキサーカメラの優秀さからブランドイメージは逆転している。
新宿のカメラのきむらの委託品を購入した。初めてのブローニーフィルムカメラであり、クラシックカメラに対する経験も全く無かったため、チェック個所がよく分からず、レンズ後群がコート剥がれを起こしている事を、購入してだいぶ経ってから気が付いた。
にもかかわらず、逆光に気を付けさえすれば何の問題も無いすっきりとしたシャープな描写力を発揮した。リバーサルフィルムでもすばらしいカラーバランスを示し、さすが小西六だ、と感心した。
シャッターはコニラピッド。コダック式シンクロ接点も付いていた。連動距離計も付いていたらしいが、劣化したため、二重像を確認できず使用不能。主に目測にて撮影した。厳密なピントを要求される場面ではLXを持参して距離計の代わりとした。先にLXで距離を合わせてからその情報をパールに移して撮影するのだ。
撮影には「儀式」が必要で、蛇腹を引き出し、赤窓からフィルム位置を確認し、巻き上げる。露出を計り、シャッターをチャージし、距離を合わせ、シャッターをレリーズする。このすべての作業が連動していない。現代のカメラからするとそんな不便なカメラは客に見向きもされないに違いない。しかし、このカメラの活躍していた時代の人間になれるような気がして、面倒くさい操作も気にならず筆者は愛用した。
ある晴れた日、代々木公園でコンクリートの上に落下させ、壊してしまった。このカメラの歴史を止めてしまった責任を感じ、非常に悔しい思いをした。
このカメラを使った経験は今も忘れない。露出計もなく自動化が全くなされていないカメラでも、しっかりと写真は撮影できる事をパールに教わったのだ。写真は撮ろうとする「コト」が重要なのである。道具であるカメラは「コト」を満たす存在であれば、基本的になんでも良いのだ。

撮影 1994年2月
コニカ パール II  ヘキサー75mmF3.5付 コニラピッドS B.1~1/500 逆ガリレオ透視ファインダー ノブ赤窓式フィルム送り 大きさ 119x100x45(mm)570g 昭和27年4月発売価格30,150円

2016-03-05 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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