2003年6月東急文化会館CANON IXY DIGITAL30


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 以前も書いたが、筆者にとって渋谷は最初に出会った東京だった。電車に乗って1本。終点までというのもわかりやすく、小学生の頃から週末にお小遣いをもらうと弟を連れて渋谷までよく遊びに行ったものだ。行き先は児童会館だったり、百貨店のおもちゃ売り場だったり。手品の実演販売コーナーが殊のほか好きだった。当時の閉店時間は大店法があったために18時。シャッターが閉まり始めているのにトイレに行った弟とはぐれ 、半泣きになって場内アナウンスしてもらった事もある。
大ヒットした「E.T.」を中学生になった筆者が見に行ったのも、ここ渋谷の東急文化会館「パンテオン」だった。通常の朝10時開始ではお客を捌ききれず、8時の回を特別に設定してあったので冬の朝早くから並んだ。混んでいて見やすい席はすでに一杯。前の方に座って大画面にアタマがクラクラした。見終わってからは屋上のゲームセンターを覗いた。おカネは持っていなかったからやらなかったけど、長く居ても雰囲気はよかった記憶がある。
大学生になってからも彼女を連れてプラネタリウムに行った。かのカール・ツァイス製投影機から映し出される夜空。夕方の場面から始まり、日が沈んで真っ暗になったとき、本当に星が降るような感覚に驚いた。場内はこの瞬間いつもかすかにどよめく。横になりながら星のお話をゆったりとしたナレーションと共に聞いていると、本当に眠くなってくる。投影が終了して朝日が昇るとまだ寝ていたいと本気で思ったものだった。そのプラネタリウムもすでに閉館し、文化会館の建物自体がなくなると聞いたのはついこの間だ。

 あわてて様子を見に行った。バスターミナル前の歩道橋からデジカメで撮影していると、隣には一眼レフを持った年配の方がやはりレンズを向けていらした。皆さんそれぞれが思い出をお持ちなのだろう。筆者の父親に聞くと、昔はいつ映画を見に行っても満員で辟易した思い出が多いらしい。筆者の弟が小学6年生のときに一緒に映画を見に行ったのはここだったそうだ。そういえば筆者は父親と映画なんて見に行った記憶がない。

 デジタルカメラを買ったのはCANON IXY DIGITALが最初だった。その後200に買い替え、今回30が出たのでまた買い換えた。特にこだわりがあるわけではないが一貫してのIXY使い。
最初はデザインが気に入って買った。ステンレス外装で石鹸箱スタイルのすっきりした姿が気に入った。妙に曲線を多用したエルゴノミック・デザインなるものは未だにあまり好きではない。データ記録媒体がコンパクトフラッシュというのも好都合だった。データ取り込み用PCカードアダプターは安かった。IXY DIGITALを買った当時18000円も出して64MBのCFカードを買い求めた。2.1メガピクセルのIXYで100枚撮影できた。
IXY DIGITAL200に買い換えるときに最初のIXYを下取りに出した。仕事で使っていて電池の消耗が早いのが欠点として我慢できなくなってきたのが大きかった。200では回路を見直し、電池寿命が少しだけ延びていた。このホームページ掲載の日記写真などはすべてこのIXYで撮影した。 本当によく稼いでくれたカメラだった。

 今回買ったのはIXY DIGITAL30。新発売でSDカード搭載と聞き、カメラのサイズが小さくなったのではないか?と店頭に見に行った。実際に手にとってみると差は歴然だった。データ記録媒体が小さくなることでここまで小さくできるのか、と感心した。電池も200のものが流用できると思っていたが、新規格に変更されていた。
デジカメの用途を特に限定しているわけではないが、ホームページ掲載の画像撮影用に使うことが最も多い。普段出かけた時の撮影はまだフィルムカメラ中心だが、フィルムの整理が億劫になってしまったとき、一気にデジタル化してしまう心配もしている。

CANON IXY DIGITAL30

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  デジカメの普及が急だと聞く。フィルムカメラが店内でも隅の方に追いやられ、デジカメは目立つ場所にドンとコーナーが設置されている。集客力も大きいようだ。これも時代の流れなのかもしれないが、実は冷静に考えてみると、この両者は全く性質が異なる製品だ。
化学変化を利用してフィルムに画像を定着させるのが銀塩写真とするならば、CCDで画像をデータ化・ドット化させるのがデジタルカメラだ。共通しているのはレンズを通して画像を記録するという機能のみで、出力形態は全く違う。つまり厳密には、最終的に撮影した画像を”鑑賞”するのか、PCに取り込むのか、によって用途を使い分ける必要がある。

 デジタルデータは劣化しない。複製を簡単に作れる。というのがデジカメで撮影する理由の大きなものだが、電源がなくなれば撮影はもとより、データの閲覧も不可能となる。紙にプリントして鑑賞する際も、データであることが災いして 大きく引き伸ばししようとした時に弱い。
銀塩写真は撮影されたネガ・ポジはオリジナルとして絶対的な存在となる。物質としての紛失や焼失などの事故リスクは常に付きまとう。そのかわり、ネガからは大きく引き伸ばした画像を得ることができる。35mmネガフィルムからは信じられないほど沢山のデジタルデータが抽出できるという。雑誌の使用記でデジカメの性能を語る際、未だに「銀塩に遜色ない」という表現が使われるほど、銀塩写真の持つポテンシャルはデジカメを軽く凌駕している。画質を要求される ファッション誌のグラビアページ用撮影現場ではデジカメの出番はない。

 ただし、用途の違いはわかったとしても、このIXY DIGITAL30のように小さいカメラを銀塩カメラで作るのはもはや不可能だ。ライカが決めた映画用135フィルムという物質に記録する70年以上前の規格を変えない限りは、デジカメの設計自由度に銀塩はとてもかなわない。そばに置けるモノとしての魅力がデジカメにはある。
「出来上がった写真はサービス判で充分」とか、「要らない写真が増えて困る」という人が大半を占めるとすれば、デジカメの普及も頷ける。銀塩カメラは一時のLPとCDの交代劇のようにシェアが逆転することになるだろうが、用途がもともと違う製品である以上、銀塩の需要も枯れることはないと思われる。

 カッコいい、というほとんど衝動買いで買い求めた今回のIXY DIGITAL30。初代はたしか衝動買いなんてできないくらいもっと高価だった気がする。現在はあれもこれも一緒に付いて4万円台。記録媒体の小型化・電池性能の向上がこれからも続くとすれば、性能はもっと上がって価格がさらに下がった新製品が次々出てくるのだろう。カメラとムービー撮影機能を取り込んだケータイ電話との競合がこれからの流れになると思われる。

2003年6月10日記

2016-02-20 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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