2004年9月自販機 CONTAX T3


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9月のとある土曜日。五反田の南部古書会館での入札会があった。普段なかなか外に出られなくなっているということもあり、喜び勇んで出かけた。ちょっと早めの10時過ぎに五反田駅に降り立ち、いつものように盛り場を通って古書会館に到着。一通り入札をすませた。なかなかそううまくは行かないものよ、とすこししょんぼりしながら古書会館を出た。

そのまま帰ってしまってはつまらない。道すがら心惹かれる風景に何度か立ち止まったことを思い出しながらT3をバッグから取り出した。普段はカラーネガフィルムを入れてほとんど家族スナップしか撮っていないT3だが、途中巻き戻しをして例のなかなか写らないフィルム・FORTEパンに詰め替えた。急にT3が表情を変えたような気がした。そうなればシめたもの。筆者のスイッチも切り替わった証拠だ。

五反田は昔から盛り場として有名だ。ただ、そういう”夜の街”を撮る趣味はない。午前中のまぶしい光に照らされている夜の街をスナップする方が面白いような気がする。強い順光線が当たるビルの谷間。光と影がグラデーションを排したパキっとした光景を作り出していた。昨夜も夜更かしをしたのだろう。街はまだ眠そうに見えた。

9月とはいえ彼岸までは少し間がある中旬の空気は、朝からぐんぐん温度が上昇して蒸し暑くなっていた。何か飲みたいと思って自販機を探すとすぐに見つかった。「100円」と大きな手書きのPOPが道にはみ出して掲げてあったからだ。傍まで来てみると狭い部屋に自販機が犇めいていた。んー、と唸ってしまった。単純に四角く配置せずに奥側にRをつけているところがいい。床の剥がれかかったコンクリにペシャンコなガムがまだら模様をほどこして独特の味。奥に時計が涼しい顔をしてかかっていた。時間は正確だった。それで涼しい顔に見えたのだろうな。数回シャッターを切った。

一人で歩いているとき、何か飲みたくなって探すのはコンビニではなくて自販機であることが圧倒的に多い。家族で散歩しているときには自販機よりもコンビニを探している。意識のスイッチは別の場所にあるらしい。
コンビニには匿名性があるが、自販機はその上を行く。機械相手なら何の遠慮も要らない。人気のない通りにポツンとまるでオアシスのようにあった自販機に飲みたいドリンクが無かったとき、チェっ、こんなのも入ってないのかよ、と独り言を言えるのも機械相手だからである。コンビニの店員さんには間違ってもそんなことは言えない。まあ自販機に文句を言っても反応があるわけでもないし、ないものは仕方ない、と結局は自分の主張は引っ込めてそれほど飲みたいと思わないアミノ系などを買って妥協してしまうのが関の山なのであるが。

昔小売店をやっていた店先に自販機が1台設置されると、見る見るうちに間口一杯に自販機が増殖して、細くなった店の入り口まで結局は自販機が塞いでしまい、お店は事実上閉店となった、という光景が街の風景として珍しくなくなった。成熟した消費社会。時代のニーズは容赦なく短期間でめまぐるしく変化するようになった。そういう時代の小売業は店舗面積を広げて商品点数を増やし幅広いニーズに対応するように迫られる。規模の小さい商店は当然対応できずに大型店に食われていく。自販機まで1台だけでは生き残れないとばかり仲間を増やして身を寄せ合っている。元商店だったであろうこの場所を占拠した彼ら自販機がこの場所から追われる可能性だってないとは言えない。現代とはそういう時代だ。

五反田駅からJRに乗った。渋谷で降りてカメラを片手に一回り。たまに出たこういう時には意識して歩き回りたい。すべてノーファインダー撮り。デジカメ撮影するときの流儀、ファインダーを覗かずに液晶画面で見る撮影方法が定着し、スナップ写真なら銀塩カメラでもファインダーを覗くことは少なくなった。いいのかしら、こんな事で(^^;。いいんでしょう。そういうことでも。説明書の通りにしかカメラは使えないということはないのだから。

CONTAX T3

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デジカメで日記写真を撮影しているため、普段使うカメラがどんどんデジカメ標準になっている。T3でも充分コンパクトなのだが、最近のデジカメは本当に小さくてフィルムカメラでは越えられない小ささをすでに実現してしまっている。ケータイにも300万画素クラスのデジカメを内蔵したモデルが出始めていて、写真を撮るための道具は小ささという要素を征服したあと、多様性を帯びて拡散し始めた。ケータイの所有が一人一台アタリマエになり、ユビキタス社会でパソコンまでが一人一台体制をめざしている。
世の中がこういう状況になったとき、銀塩カメラはどうやってデジカメとの差別化を計っていくのだろう。N社はおそらく最後のFになるんじゃないかとささやかれていた銀塩カメラF5の後継機種としてF6を発表したが、開発意図を何回読んでもその必然性が理解しにくかった。時代に取り残された存在になってしまう気がする。
普段撮影する写真がスナップばかりなので、筆者には小さいカメラが便利だ。M6でさえT3を買った後は出番が減ってしまった。小さくて腰巾着に納まるカメラが今は理想。銀塩ならT3が一番都合がいいという事になる。確実に選択肢が狭まっている。銀塩カメラの将来性に危機感を感じ始めている。

2004年9月26日記

2016-02-12 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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