交換会へ


快晴。布団干し。

昨夜熱を出した女房は、今朝になって「熱が下がった」らしい。まだ少しふらふらするみたいだけど、娘と共同してちゃんと朝飯に雑炊を作ってくれた。雑炊の大好きな娘はおかわりしていた。

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。とにかく数を出させていただけると助かります。

祝日ながら交換会へ向かう。車中では今日も「国盗り物語」の続き。明智光秀が足利義昭を信長に引き合わせる。義昭はいつ京に登れるのか、と信長に聞いた。遅くとも2、3年のうちには実現してほしいと考えていた義昭に対して信長が発した答えは「翌月までには」だった(!)。やると決めたらその仕事に全力で集中する。信長にはそういうところがあったらしい。実際、時を置かずして信長は大軍を発して京を目指した。浅井長政はお市の方の婿だったこともあり、信長に協力的だった。京都の六角氏は信長を認めておらず、対決姿勢を取った。が、信長の軍勢が六角氏の軍の数倍規模で洪水のように押し寄せると、あっけなく逃散した。光秀は六角氏の戦巧者ぶりを知っていたが、そのような”玄人”の思考は信長の取った人海戦術の前に歯が立たなかった。著者は、信長の作戦は人数を倍揃えるという一点で相手に勝る戦い方で、これは”素人”のやり方だ、と書いている。
たしか「坂の上の雲」でも似たようなことを書いていた。日露戦争における旅順・203高地攻撃で28サンチ榴弾砲を使用して援護射撃せよ、という砲術に素人だった児玉源太郎の発案は、砲術が専門だった参謀長に否定されていた。「これだから素人はこまる」ってニュアンスでの全否定だった。が、結果的に児玉の戦法によって戦局があっという間に好転した、という件。・・・実際は諸説あるらしいが。

神保町。古書会館。入札を終えて昼飯。すぐに帰る。

荷造り作業の続きと本の整理。ようやく一段落する。

夕食の時間。もう女房の様子は普段とほとんど変わらない感じに回復していた。よかったよかった。
4202歩 2.52km 37分 217.6kcal 5.6g
SONY DSC

2016-02-11 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事