2005年7月万世橋交通博物館 Leica M6TTL Russar20mm F5.6


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 とある金曜日。梅雨空で曇っている中、明治古典会で入札を済ませるとM6を片手に写真散歩を決め込んだ。古書会館のある場所は本のメッカ神田神保町から程近い神田小川町三丁目。神田駿河台下交差点を明治大学方向に上がった右手にある。
この界隈はどこを歩いても楽しい。本屋さんが密集していることは言うに及ばず、昼飯には事欠かないくらい食べ物屋さんも多い。カレー、ラーメンの激戦地といわれるほどだ。いつものようにいもやでとんかつ定食を食べてから靖国通りから1本入った道を平行に歩く。大通りに面している場所はほとんど高層化され、ビル通りになっていた。そのたった1本裏に入れば、道が斜めに入り組んだ神田特有の雰囲気が保存されていた。もっとも、平日昼間の人通りはほとんどないのだが。
散歩の目的地は大抵秋葉原。萌えの発祥地としても名高い街だが、まあそれはむしろおまけのようなもので、実際には大小沢山の電器関係のパーツ屋さんが密集した最先端の街だ。近々新宿生まれの量販店がこの総本山に支店を立ち上げるという。どうなっていくのか興味は尽きない。

 秋葉原の手前、万世橋際に新幹線とSLがにょっきり顔を出している建物がある。JR東日本が運営する交通博物館だ。ここにはかつて万世橋駅という駅が存在した。博物館の建物(1階フロア奥)そのものが駅の遺構となっている。明治45年に開かれた駅は昭和18年まで実際に使用されていた。駅の設計は東京駅や日銀を手がけた辰野金吾。開業時は中央線のターミナル駅としての機能を期待されていたらしい。その後に中央線が東京駅まで延伸し、駅間の距離が中途半端で不要不急の施設になったという理由で廃駅となった。万世というめでたい名前を戴いた駅であるにもかかわらず運がないとしか言いようがない。

 筆者が交通博物館を訪れた最初は中学生の頃だった。春休みを利用して毎日のように東京に点在する博物館を潰していった。上野の科学博物館にもこの時期訪れている。今よりもずっと暗かった印象の科学博物館だったが、本館も展示スペースが改装されて現在ではそんな雰囲気はほとんど残っていない。交通博物館の印象は入り口を入ってすぐにある巨大な鉄道模型のジオラマがやはり一番強い。運転時間になるとそれこそ黒山の人だかりで子供たちが周りを埋め尽くした。
高校・大学に通っている間はそういう場所とは縁遠くなり、再び訪れるようになったのは結婚して子供が出来てからだった。雨になって行く場所が思いつかなくなるとここへ来た。やはり子供は鉄道模型のジオラマに興味が行ったようだが、それよりも新しく出来た電車運転のシュミレーションに並びたがった。モノよりも実態のないシミュレーションにあこがれるのか。時代だな、と思った。昼飯に万世橋際にある肉タワーの地下でラーメンを食べたりとんかつを食べたりするのも楽しみだった。つい最近ラジオのパーツを買いに秋葉原が目的で日曜日にこの辺りを通ったが、子供たちは別に交通博物館へ行きたがらなくなっていた。
平日、30オトコが一人で交通博物館に入るのもなんとなく気が引けて、秋葉原へ向かう途中に新幹線とSLを眺めるだけになってしまった。交通博物館が閉館することを聞いたのはそんな時だった。万世橋駅の遺構はどうなるのだろうか。

Leica M6TTL Russar20mm F5.6

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 普段ライカに装着して使用するレンズでもっとも広角な焦点距離が筆者の場合20mmだ。ホロゴンという例外はあるものの、20mmよりも広角なレンズは基本的にライカに似合わないと思う。その上、20mmよりも広角となると本当に使用したいと思える場面がほとんどない。そもそも広角レンズは使いこなしが難しい。撮影したい被写体に思い切って近づかないと散漫な印象の絵が出来上がってくる。写真は足し算だ、とか、引き算だ、と聞くことがあるが、望遠レンズを使えば引き算でも、広角レンズだから足し算とそう簡単にはいかない気がする。
ルサールはロシア製の対称型超広角レンズなので、M6に装着すると露出計の受光素子をレンズの後玉が蹴り上げる。厳密に言えばM6には装着できないレンズといえる。露出計を無視して撮影すれば別段なんの不自由もないのだが。
ロシア製の一眼レフ用超広角レンズにMIRがあるが、こちらはレトロフォーカスタイプなので中心部から遠ざかると被写体の線が見事に曲がる。対称型のルサールは反対に真っ直ぐ写る。同じ焦点距離のレンズでも写り方が変わるいい見本だ。

2005年7月17日記

2016-01-29 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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