交換会へ


晴れている。

今日は交換会へ行くつもり。仕事を一通りしてから東横線に乗った。車中では今日も司馬遼太郎「国盗り物語」の続き。織田信長編に入っている。うつけ殿として有名な信長のところへ斎藤道三は娘を輿入れさせることに決めた。それは、好戦的な織田信秀に手を焼いていたから、と著者は書いている。娘を嫁に出すことで織田の攻撃がなくなるならば安いもの、と考えていたようだ、と。実際、美濃は不安定で、まずは領国経営を優先させる必要があった、という。
輿入れの後、織田信秀が頓死してしまい、信長がその跡を継いだ。が、弟を推す一派があって、うつけ殿よりこちらの方が、とその勢力は増えつつあった。道三は信長に会ってみたくなった。数年の後、尾張と美濃の国境で会うことになった。猿回しのような格好をして馬に乗ってきた信長を見て、道三は対面の席へ普段着で臨むと、信長はキチンと正装したうえで着座していた。両者とも膳を前にして一言も喋らずにそのまま別れたが、帰国してから道三は信長にあてて手紙を書いた。「援助を惜しまない」と。自らが研究して開発した”胴丸”を信長に贈った。信長は帰ってから濃姫に言った。「また会ってみたい」と。
道三は信長の軍が装備を一新していたことを見逃さなかった。鉄砲をあれだけ揃えている武将は他にない。槍もすべて長槍に変わっていた。贈った胴丸はそれまでの防具では鉄砲の弾を通してしまうため、鉄板を組み合わせた上で動きやすいように工夫して作られていた。信長も道三の意図をしっかり受け止めた。

神保町。古書会館。交換会。入札をしてから昼飯。食べたらすぐ店に戻って荷造り作業の続き。いつもお買い上げありがとうございます。

発注しておいたダンボール箱が到着。で、そろそろなくなってきたクラフト紙を発注する。全紙を半裁したものを3セット。ざっと1500枚。たぶん2年分くらいある。

店を閉めてからは今日も落語の時間。仕事をしながらつべで検索して立川談志の「粗忽長屋」、古今亭志ん朝の「火焔太鼓」を聴いた。うまいねぇ。ホントに。
3989歩 2.39km 35分 209.8kcal 5.5g
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2016-01-21 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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