2007年10月銚子 ROLLEI35 TESSAR40mmF3.5


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8月のある日曜日。朝は早起きして、今日は2回目となる夏の小旅行。行き先は銚子だ。適度に遠いのでまだ一度も行ったことがなかった。実は「明日、行くよね。行くつもりで準備しちゃったよ。」と昨日女房が言ったので決行した(^^;。ちょうどいい感じで曇っていて少し涼しい。6時過ぎに出発。羽田から首都高に入り、湾岸線から東関東道へ。富里で降りてあとは延々一般道。道は混んでいなかったが、結構な距離があった。道中、ボーリング場にあったと思われる3mほどの大きさのピンにウルトラマン風の絵付けがされた看板があり、女房と二人喜んだり(^^;。ありゃ珍日本紀行に載せても。

空はいつの間にか快晴になっていた。風力発電の風車が雨後の筍よろしくニョキニョキと沢山生えている風景を過ぎると、どうにか銚子市に入った。バイパスを通り過ぎたあたりで「地球の丸く見える丘展望館」の看板を見つけたので駐車場に停めた。9時を少し過ぎていた。クルマを降りて速攻で日焼け止めを塗る。

山の上に立つ建物で、入場料を払って中に入る。屋上に昇ると、おお。これはすごい(!)。ぐるりと360度見渡せた。案内図を片手に確かめると犬吠埼灯台、ポートタワー、屏風ヶ浦も見える。地球が丸く見えるかどうかは人の感じ方次第かもしれないが、ダイナミックな風景だと思う。女房は双眼鏡を覗きながら風車の数を数えていた。遠く鹿嶋の方にも見えたため、総数は40機を過ぎたあたりから多すぎて数えきれなかったそうだ。

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クルマに乗って犬吠埼灯台へ向かう。クルマだと海岸線に出ればほんの5分でたどりつく。灯台の目の前にクルマを停めた。すると、犬が二匹、ととと、と歩いて行く。犬吠埼に犬とはイキなおはからい(?)。見学料を支払って灯台に昇った。明治7年に国産煉瓦で造られたと説明書き。そのクラシックな外観が落ち着いた印象を与える。中の螺旋階段は結構せまくてやっと人がすれ違えるほど。頂上は梯子状の狭い階段なので慎重に上がる必要がある。外にでると、ビューっとイイ風(^^)。娘はとたんに「こわいよー、はやくおりようよー」と言いだした(^^;。
灯台からすぐ下に見えた砂浜へ娘が行ってみたいというので、歩いても行ける距離だったがクルマごと移動する。駐車場に停めて早速君ヶ浜の砂浜へ。岩もごろごろしていて打ち寄せる波が結構強い。海水浴の人もすくなからず居て、強い波と戯れている。高校生くらいの男子生徒の集団が居て、高い波が来るたびに「うぉーっ」と叫びながら一斉に波に突っ込んでいく。元気いいなぁ・・・。娘は波打ち際に穴を掘ってそこに波を落とし込むのに夢中。湘南の波とは勢いが違う。一度大波にやられて娘全身ビッショリに(^^;。

十分動いてお腹がすいたところでウオッセ21に移動する。替えのパンツを仕入れにコンビニに寄る。「こういうところでパンツが買えるんだから便利だよね」と女房。すでにコンビニはこういう場所での重要なインフラになっている気がする。
駐車場に停めて早速レストラン「うおっせ」へ。海鮮丼、市場丼、シーフードピラフを注文した。ワタシが食べた海鮮丼(1780円)には、地元で水揚げされた魚を中心にマグロはもちろん、カツオ、カジキ、アナゴ、ホタテ、甘エビ、ネギトロ、いくら、など、たっぷり入っていてすごいボリューム。いつの間にかお腹いっぱいに。女房も大満足の様子だった。
ポートタワーにも昇り、さっき訪れた犬吠埼灯台と地球が丸く見えるを眺めた。そうだ、屏風ヶ浦にはどうやって行ったらいいのかな?
下に降りるとウォッセ21の中央広場でマグロ解体ショーが始まるという。さっきまではなかった作業台が設置され、ヒレの長い小型のマグロがどーんと俎の上に。それでも25kgあるという。「ウチと同じ重さだね」と娘。大勢の人だかりの中、「これはビンチョウマグロといいます。今日はここにいるウォッセ一番の色男に解体してもらいます。それではマグロの解体ショーを始めまーす!」とおじさんのイキなご挨拶。「みなさん食べて行ってくださいよー。」の一言で二重三重の人垣が俄然色めき立つ。ケータイで 必死に誰かと連絡を取っている人までいる(^^;。 マグロはうまかった。

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さて、あとは屏風ヶ浦。何の下調べもせずに海岸線を走っていれば行きつけるんじゃない?と無計画に漁港のある町並みを見つつクルマを進めていく。走っている他の車の絶対量が少なくてとても助かった。マリーナの袋小路に入ったあとは行きで走ってきたバイパスのすぐ横の旧道を走りつつ、屏風ヶ浦方向へ抜ける道を探した。が、見つからない。結局そのまま走り切ってしまい、銚子市を後にした。ところが、旭市に入ってすぐに「屏風ヶ浦」の案内が(!)。飯岡町刑部岬から見られるということで急きょ左折して行ってみることにした。「よく見つけたねぇ」と女房。

小高い山の上、たいそう立派な展望台有。登ってみるとここはちょうど屏風ヶ浦の山の上だった。ここから下に降りられる遊歩道でもないのか。なかった(^^;。でもその展望台から眼下に広がる漁港にクルマを停められる広い場所を発見。よし、行ってみよう。さっそくクルマで向かった。 上から見てなきゃ絶対こんなところ辿りつけないよね、というクネクネとした道の先の場所にクルマを停めると、眼前には屏風のように切り立った高さ60メートルの崖が現れた。しかもそのまま10km先の銚子まで続いている(!)。この規模は英仏海峡のドーバーに匹敵する珍しい景観らしくて、「東洋のドーバー」と呼ばれているという。
海岸線に沿って消波テトラに守られたコンクリート道を歩く。強い波が打ち付けて白く崩れ、飛ぶ。なるほど、この露出した巨大な地層は太平洋の荒波に削られてできた景観なんだな、と納得。てことは、いつこういう地形になったか知らないが、ここはあるとき海抜60mの位置まで隆起したあとでもあるわけで。考古学的に言っても大事な場所なんだろう。 なんだか満足した。あとは無事に帰るだけ。

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今年の夏は泊まりがけの旅行には行かず、日帰り旅行へ小刻みに出かけた。天気にも恵まれたのでずいぶんと写真を撮った。デジカメは撮ったあとPCにすぐ取り込めるが、フィルムの場合にはそうはいかない。現像に出して回収してからスキャナーで読み込まなければならず、またそのスキャニングで少し時間を要するから作業は後手後手になる。
すでに世の中はほぼデジカメ一色だから、完全にデジカメ移行でもいいんじゃないか、なんて思ったりもするが、現実にはそうなっていない。あと何が最後の”感情”として残り、折衷状態に踏みとどまらせているのか。フィルムの長所って何だろう。やっぱり懐かしさ、なのかしら。
デジカメにはたぶん寿命がある。機械としての寿命はたとえば10年でも、製品としての寿命はグンと短く半分以下になるだろう。今から20年経った時、現在使っているデジカメはほぼ確実にスクラップだ。ところが、たぶんライカもローライも、手入れさえしてあげればきっと現役で居るんだと思う。フィルムの供給に多少の不安はあるものの、機械としても製品としても寿命を迎えることはない。
そもそも”写真”とはいろいろな要素を定着させる不思議なメディアで、あとになるほど「何を使って撮ったか」まで気になってくるものだと思う。あの日あの時、あのカメラと一緒に居た。あのカメラで写した。ただの茶飲み話でしかないかもしれないが、そんなときに写したカメラがまだちゃんと動くとしたら、それはきっと素敵なことに思えるはずだ。

2007年10月05日記

2015-12-22 | Posted in 甘露PHOTO日記Comments Closed 

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