連休中


月曜日だけど、連休中。

昨日はでかけた時の行き帰りの電車内で町山智浩著「トラウマ映画館」の続きを読んでいた。本当に映画のアイデアは千変万化って気がした。印象に残ったのは「恐怖の足跡」という1961年公開の映画の件。交通事故で川の底に車ごと落下した女性。警察と消防が必死になって捜索する。もう3時間も経過したから生存は無理だ、と誰もがあきらめた時、川面に白い人影が上がってくる。乗っていた女性だった。奇跡的に生還した女性は背広を着た青白い顔をした男性に付きまとわれるようになる。彼の姿はその女性にしか見えない。街の人は彼女が話しかけても反応がないが、教会の牧師さんは優しい。道で出会った医師は彼女を精神分析して亡霊紳士が誰なのか探ろうとする・・・。そして彼女は次第に孤独になっていった。彼女が誰かに頼ろうとすると亡霊紳士が邪魔をする。親切な医師は亡霊だった。街から逃げ出そうとしてバスに乗ると乗客が全員亡霊。同じ頃、事故で川の底に沈んだ車が引き上げられる。車の中には彼女の死体があった。彼女自身が亡霊だったのだ、というお話。読みながらトワイライトゾーンにありそうな話だな、と思っていたら、実際にあるらしい(^^;ソウナノカ。
「主人公はすでに死んでいた」というプロットは斬新なものではない、と町山さん。例として「アウルクリーク橋の一事件」が挙げられる。南北戦争中に捕らえられたゲリラがアウルクリーク橋で絞首刑になろうとしている。踏み板がはずされたもののロープが切れて川に落ち、銃撃をなんとか逃れてどこまでも逃げて走って懐かしい我が家まで帰り着き、愛しい妻を抱きしめようとしたその時、彼は落ちる。すべては死ぬ一瞬に見た夢だった、という話。その他に2,3の例が挙げられたあと「シックス・センス」はこのアイデアでの最大ヒットになった、とある。例のブルース・ウィリスが幽霊だった、って話ね。
読んでいて話に引き込まれるのは、聞いたこともないようなアイデアが面白く聞えるから、だと思うんだけど、「面白い」と共感する自分の気持ちがそこにあるわけで。だから、予め自分の知らない自分が自分の中にかくれて居た、ってことになる。そういう自分が全く居なければおそらく共感はしないから。

散歩をしながらも映画の話がアタマの隅を占めていた昨日は、夕食後に思い出してデビット・フィンチャー監督「セブン」のDVDを観てしまうことになる。町山さんはこの映画の一番の見どころはオープニングクレジットだ、と解説していた。それを観たくなったってのもある。観ていて思い出したのは意外にも「踊る大捜査線」だ。いや、逆か。「踊る大捜査線」が「セブン」の構図やスタイルを換骨奪胎している。そういえば第一話ですみれさんが青島くんと「セブン」の話をしていたっけ。和久さんがモーガン・フリーマンで、青島くんがブラッド・ピット。青島くんがはしゃいでるのに和久さんは定年間近で殺人事件発生でも淡々としていたっけな。
町山さんはブラッド・ピット演じる刑事が馬鹿なキャラクターなのは「無垢」を象徴していて、楽園のアダムだからだ、と解説している。まだ知恵の実を食べていない。そんな無垢な彼を誘惑して憤怒の罪に陥れるのは、「蛇」であるジョン・ドゥ役のケヴィン・スペイシー・・・。七つの大罪もそうだけど、こちらは聖書世界が話の下敷きにあって、そもそも犯人が聖書が禁じている罪にもとづいて犯罪を計画していたんだった。
西洋人には共通の教養なんだろうけど、日本人には共通じゃないからなぁ。そういうことが原因で話の基本的な骨組みを理解できてないことってたくさんありそうだね。モーガン・フリーマン演じるサマセット刑事は言う。「ダンテの神曲とチョーサーのカンタベリー物語を読め」と。

棚には本が溢れかえっている。

夜、雨。
448歩 0.26km 4分 20.3kcal 0.0g
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2015-11-23 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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