『バードマン』


今日も雨。

昨夜は遅くまで借りてきたDVDで『バードマン』を観た。やーなかなか面白かった。
マイケル・キートンが演じる主人公はかつて「バードマン」という人気ヒーローもの映画の主役を演じていた役者。加齢とともに落ち目となっている自分を感じてノイローゼ気味になっている。再起をかけてブロードウェイで脚本・演出・主演による舞台を主宰する。その前後の数日間に起こった出来事をあたかもワンカットで撮っているかのごとく映し出す。
一緒に舞台に立つ役者が怪我で交代したりしてバタバタする。客を入れてのプレビュー公演の二日間をどうにか乗り切っていよいよ本番当日・・・。って感じのあらすじ。

いろいろと”仕掛け”がある。まず、マイケル・キートンと「バードマン」。これ、完全にバットマンのことだよね(^^;。相手役の役者が”役者バカ”で、舞台上で酔っ払うシーンを演じるときは本物の酒を飲んで酔っ払うのがスジと言って引かなかったり、ベットシーンではホントにヤらなきゃダメだと言ったりする。映画の中の”舞台”という”虚構”の中で”ホンモノ”を追求する役者。このイレコ構造。そしてマイケル・キートンと『バットマン』。
劇場そばにある酒場で舞台の批評を書く老記者(女性)の気持ち。彼女は、映画出身の(マイケル・キートン)を役者ではなくて「有名な人」と評する。そして、初日の舞台の後に書く記事で酷評することを予告する。彼女に酷評された舞台は数日で打ち切りになるらしい。ブロードウェイ(舞台)のある東部とハリウッド(映画)のある西部には感情的な対立があるみたいだ。
音楽はメキシコのジャズドラマーであるアントニオ・サンチェスが担当。時折画面にドラムを叩く人物が出てくるが、もしかしてご本人だろうか。菊地成孔さんが『セッション』を観たら『バードマン』も絶対に観てくれ、と言っていたが、『セッション』は未見なものの、おおよその見当はついた。すげえドラムプレイだった。イニャリトゥ監督はメキシコ人。なるほど、と思う。
すべてをなげうってこの舞台に再起をかける主人公。どうしても”酷評”する気マンマンの老記者に絶賛の記事を書かせたい。思いつめた彼は、ある覚悟をして”最後”の舞台に立った・・・。

YAHOO映画のレビューを読むと、絶賛と酷評が半々で、酷評の人はかなりイライラしていた。ラストがはっきりしない、とか、話が盛り上がらずに面白くない、とか、ドラムがうるさいって書いてるものまで(たくさん)ある(^^;。たしかにわかりにくいかもしれない。
映画の冒頭で主人公が「空中浮遊」している場面が出てくる。セリフにもあるので、超能力を持っているのか、と思わせる、が、舞台を主宰することの極度のストレスによってノイローゼになっていて見る幻覚だ、ってことが徐々にわかってくる。バードマンを演じた過去のイメージを払拭できず”現在”を観てくれない大衆となりたい自分の間で板挟みとなる。彼は死んだのだろうか。いつ?舞台の上で?病院から飛び降りて?たしかにラストははっきりしないが、結果は同じってことだから・・・。

”役者”を配偶者に持った人って、どこまでが演技でどこからが本当なのかちゃんと判断できるんだろうか。”役者”は配偶者を演技でなんとかごまかせる、とか思う瞬間があるんだろうか。
で、本作。過去の自分と現在の自分のイメージギャップができてしまった時、役者はどちらの”自分”を選択して”演じる”んだろう?。
757歩 0.45km 7分 37.9kcal 0.5g
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2015-09-09 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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