今日も交換会へ


くもり空。

起きたら娘はまだ寝ていた。時計を見る。・・・ん?寝坊じゃね?叩き起こした。今日は始業式。学校だゾ。

朝飯を食べて仕事開始。荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。ツイートをしてから交換会へ向かう。オヤジも早昼食べて交換会へ行くそうだ。

車中では今日も「翔ぶが如く」の続き。薩摩では決起することが決まった。庁下には続々と薩摩武士たちが集結する。その数およそ一万二千。日本最強の武士団と云われた薩軍。維新の際に動いた時は政権が交代した。今回も薩軍が動けば政府が倒れる、とする観測が特に根拠もないままに広まっていた。西郷隆盛は決起の際、県知事に「陸軍大将西郷隆盛」と署名した文書を提出している。陸軍大将という役職は当時西郷隆盛しか居なかった。それは新政府の「職」の名だったが、薩軍においては「征夷大将軍」と同等の価値を持って響いたらしい。今回の出撃は将軍が暗殺を企てた政府を糾す、という”正義”の執行だった。
政府側には薩摩の暴発が報告されていたが、まさか西郷隆盛がその一味に加わっているはずがない、という希望的観測があった。が、その中心に西郷は居た。迎え撃つことになった陸軍卿山県有朋。薩軍の作戦は(1)船を使って一気に東京・大阪を攻撃する(2)長崎・熊本鎮台を襲ったあと全九州を破って中原に出る(3)鹿児島に割拠して全国の動揺をうかがい、時機に応じて中原に出る の3つのうちのどれかだろう、と予測した上で、どのようになっても、全兵力を鹿児島への攻撃に集中して占領してしまう作戦を立てた。
ところが、山県有朋の予測はハズレることになる。薩軍はなぜか「熊本城を踏みつぶす」といいながら全軍をそこに投入したからだった。

神保町。古書会館。交換会。すごい口がでている。オヤジが来た。イヤな予感しかしない・・・。

昼飯を食べて店に戻る。ご近所まで買い取りの予定があったためだ。ところが、こちらはまったくの空振りに終わる。
オヤジは17時ころに帰ってきた。交換会の結果をひらいて驚いた・・・(!)。

夜、雨。
4744歩 2.84km 43分 239.1kcal 5.9g

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2015-08-28 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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