1日店


晴れている。
交換会がお休みなので、気持ちは比較的ゆったりしている。荷造り作業は嵩のおおきいものが数点発送できたので、店に少し余裕ができた。いつもお買い上げありがとうございます。
娘はいつもどおり学校。息子も今日は昼少し前に学校へ行った。登校日ではないらしいけど。
本の整理にとりかかる。昼過ぎからくもり空。今にも雨が降りそう。今日は一斉下校日と少し早めに学校から帰ってきた娘は「今日は友達来るからね」と言う。おお。たしかに三々五々、一人二人とお友達が・・・。最大7人もいらっしゃった。こんな狭い家なのに楽しそう。
夕方からパラパラと降り始める。晴れが続かなくなった。春が近づいている。夜には本降りの雨になった。
仕事を終えてから坂本龍一さんの「スコラ」を見返す。今日は「バッハ編」。1本30分なので、30分だけ見ようか、と思って見始めたら面白くて、つい2時間全部見てしまった。
バッハは「音楽の父」といわれているけど、それは、現代に通じる音楽のおおもとを確立したためだという。別にバッハが音楽を”創造”したわけではない。11世紀ころからあるグレゴリオ聖歌が西洋音楽にはあった。
バッハはルターによる宗教改革の牙城だったドイツ・ライプツィヒに居て、教会のオルガン奏者だった。
講義の中で印象的だったのは、「ミ」の発見というところ。当時は「ド」と「ソ」が和音として認識され、その中に「ミ」は含まれていなかった。むしろ「ド」と「ミ」は当時としては不協和音だったのだけど、次第に耳が和音として聞き取れるようになっていく。
また、和音ばかりで音楽を作ると、曲全体が”平和”になってしまい、深みの表現ができない。人の心を動かすには”不協和音”を表現に取り入れ(”緊張”)、それを和音で”解決”する構成で曲が組み立てられていく。そうしていくうちに当初は五度だったドミソから使える音が増えていき、現代のジャズでは九度とか十三度まで使うことが普通になっている、という。
バッハの音楽で語られるキーワードは「対位法」。主題が上と下で追っかけっこする曲。これがカノンになり、フーガへと発展する。バッハは時代時代で一時”忘れられていた”が、例えばモーツァルトが晩年になってバッハを”発見”して交響曲第41番の第四楽章(対位法の応用された曲構成)に反映させたり、現代になってグレン・グールドがゴールドベルク変奏曲を演奏したり、ジャズによるアレンジが施されて復活したりして、幾度か時代時代に合わせられながら親しみ続けられている。
もう一つが「通奏低音」。低音部がしっかり曲の土台を支えることで旋律が生きてくる、という曲構成。バッハ当時の演奏風景は、バッハがチェンバロなどの低音部を弾きながら各楽器の(即興)演奏をリードして支える、というものだったらしい。番組中では実際に旋律を担当するヴァイオリンだけで演奏した場合と、ベース・チェロ・チェンバロの低音部だけで演奏した場合の聞こえ方(印象)について解説していた。
バッハの作った曲にはまだ作家性が強く反映されておらずアレンジがしやすい、と坂本さん。確かに「この音符を変えたら曲が破綻する」というようなギリギリの作家性はベートーヴェンの時代になるまで確立されていなかったのかもしれない。
あーおもしろかった。
696歩 0.41km 6分 33.2kcal 0.5g
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2012-02-17 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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