大地震


交換会へたまたま行かなかった金曜日。
14時46分に激しく揺れだした。その時、店に居た。目の前のPCが切れた。照明も落ちた。停電だった。まだ激しく揺れ続けていた。席から立ち上がって周囲の棚を手で押さえた。でも、それくらいしかできなかった。
本棚は4年前に耐震補強工事を施してあった。当時はこんなに必要ないんじゃないの?と思うほど筋交いを通した。でも、こうして地震が起こってみればその効果の絶大だったことが証明された。もちろん棚は倒れない。本も思ったほどには落下しなかった。
ところが、階段部分に積み上げていたモノがほとんど落下した。住居エリアの棚が倒れた。当然、中にあったものはすべてぶちまけられた。
ガスはメーターが地震で自動的にシャットアウトしてくれた。水道は無事だった。停電だけが続いた。
階段にモノがぶちまけられていた。女房は一人で作業中だった。余震は続いていた。地震が苦手な女房は相当恐かっただろうと思った。とりあえず通路を確保するために脇へ寄せた。棚も立て直した。息子は試験の後で学校が休みだった。女房は小学校まで娘を迎えに行った。全員怪我もせずに無事だった。でもなかなか電気は復旧しなかった。
食事の確保を思い外に出た。ウチのあるエリア一帯が駅前のスーパーも含めて停電中。でも、停電は部分的のようで、駅の向こう側は停電もなく普通に営業中だった。コンビニへ。パンと弁当を買って戻り、暗くなってきたところで懐中電灯の為に電池を買いに出た。おそらく、停電が一部だけで済んでいたからそれほどの混乱も起こっていないのだろう。駅前は電車が動いていないので人だかりができていた。駅前広場では保育園の先生が子供たちに絵本を読んで聞かせていた。絵本を見つめている子供たちの表情にちょっとホロっときた。
郵便局は機能していた。たまに救急車の音が遠くに聞こえたが、街は比較的平成だったんじゃなかろうか・・・。
結局電気が停まっていると何も出来ないことに気付かされる。徐々に暗くなっていく部屋の中で、さっき買ってきた弁当で夕食を済ませた。ラジオを聴くしか術がなかった。徐々に大変な被害が出ていることが分かってきた。
22時すこし前。ラジオの音声が突然乱れたと思ったら、電気が復旧した。おおーっと歓声が上がった。電気のありがたさを実感した。
明日はどうしよう。
3438歩 2.06km 32分 171.9kcal 4.2g
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2011-03-11 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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