晴れ


朝まで雨が降っていたらしい。
昼までには晴れた。でも湿度が高めの変な陽気。台風一過が一日ずれた。
朝飯を食べながら龍馬伝。龍馬包囲網とでも云うべき回か。お元の「誰もが笑って暮らせる国」の焦点は宗教統制なのか、身分制なのか。おそらく彼女にとっては一体のものだと思うけど。番組後の解説で明治6年にキリシタン禁制は廃止されるようだが。
でも、平等になることで利のある人もいれば、不利になる人もアタリマエに出る。たとえば、明治になって武士が廃止されたことで、いままでアタリマエにもらっていた扶持がなくなり、旧武士階級は困窮した。新政府の軍制に旧武士階級枠もなく、廃刀令も出て武士は”解体”された。その不満が渦巻き各地で乱も起こり、その流れは明治10年の西南戦争まで続くことになる。
”平等”は新たな不平等を生む宿命・・・か。
荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。月曜日は大量。心して作業。
先日の大型書店内を逍遥した時に得た気付き。あれだけ大量に本を見せられると、それが書店という印象を齎さないことがある、ということ。娘は入るなり眼を輝かせたが、それは例えば、入ったことのない図書館に行った時との差異は小さいのではないか、と思う。ハッキリ言えば、あれだけ本を集めてもやっぱり買いたい本は”ない”のね。
街の小規模書店で買いたい本がない、と思っていた人が、最大規模の書店に行ってもやっぱり買いたい本と出合えない。どうしてそういうことが起きるのか、と思っていたのだけど、そのひとつの答えが今週ずっと聴いていた文化系ラジオの中にあった。
初音ミクのライブのくだり。ライブ会場で生で楽しむよりも、ニコ動上でコメント付き映像を見て楽しみたい、というところ。自分自身の価値観で直にそのものを判断するよりも、ソーシャルによる価値観を優先する傾向が語られていた。
「ブ」で本棚を前にピコピコやっている人を見た事があるけど、あれはケータイで価格を調べている光景とはわかっていても、直に現物と対峙していながらソーシャルの価値観を優先している。同じことだ。
知らず知らずのうちに思考がネットによるソーシャルによって規定されているのかもしれない。当然いい面と悪い面がありそうだ。
ネットで評判になっているかなっていないのか、がリアル書店店頭ではリアルタイムにわからない。だから買う決め手を得られない。書棚横の椅子に座りながらiPhoneを操作している人もいたなぁ・・・。あれってそういうことだったのかもしれない。
あの人の意見、この人の意見。じゃあ自分はどうなの?という場面。検索によるソーシャルがアタリマエに過ぎる今の反動は起こるのだろうか。
ちょっと腰が痛くなったので、今日のランニングは中止。
508歩 0.30km 5分 21.9kcal 0.6g
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2010-11-01 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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