愛書会展目録受注開始


晴れ。
娘は学級閉鎖中。朝からゲーム機。いいのか?それで。
朝飯をすませて荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。お昼過ぎにようやく一段落。おもむろにバックをひっつかみ、東横線に乗った。今日も交換会へ出撃。
車中では筒井康隆全集の続き。「ベトナム観光公社」。SFでありながら時事への皮肉が込められていたため、さすがに時代が出る。作中、近未来世界では安全で楽しめる観光地を地球上で見つけるのが困難になり、”穴場”として現在でも戦争が継続中のベトナム観光を旅行会社が勧める、という話。すでに戦争は疑似イベント化し、始まった経緯は誰にもわからない。戦っている南ベトナム軍兵士もベトコンも応募で集まってきた人たちで、観光客が居ないと戦わない(^^;。観光で来た主人公はひょんなことからその戦闘に巻き込まれる。疑似イベントとわかっていながらも、自分の近くで爆弾が炸裂する状況そのものに人生のリアルを感じてしまう、というお話。「48億の妄想」とちょっと似ている。当時の著者は現実と空想の区別をことさら意識し、その狭間を行ったり来たりしていたようだ。
実際、現実と空想の間にある”壁”が何かと言えば、究極自分の意識しかない。自分が「現実」と思えばどんな空想だってそれは現実となるし、現実を「空想」と区別してしまえばどんな現実もその人にとって現実とはならない(ちょっと強引だけど)。現に、筒井作品を読んでいると「これは嘘だ。現実じゃない!」とか「お前を否定する!」と主人公が叫び吠える場面にちょくちょく出くわす。中学生の頃にはそのセリフ・その状況のリアル感がワタシにはいまひとつ分からなかったが、このトシになると、そういう感覚も少し理解できる気がする。
この概念の恐ろしさは、空想が現実に取って代わる可能性を秘めている、ということだ。筒井康隆は「48億の妄想」の中でTVというメディアの”可能性”を描いたんだと思う。ここを「そんなばかな」と思える人にはおそらく筒井康隆ワールドはバカバカしくてフィットしないはずだ。
入札を終えて昼飯。すぐに店に戻る。荷造り作業の続きをやっているうちに16時半。電話が鳴るとオヤジが取っている。今日から愛書会展の受注が始まった様子。今回もどうかよろしくお願いします。
ありがとうございます。
3788歩 2.26km 35分 180.5kcal 4.0g
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2009-10-22 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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