1日店


くもり空。
録音しておいたラジオを聴きながら仕事。月一放送の文化系ラジオでは「居場所」がテーマだった。居場所についてはとらえ方の違いから居場所の定義そのものを確定させることさえなかなか難しい。リアル社会における自分の身の置き所から始まって、最後は聴いているラジオ番組が自分の居場所、という話にまで。ネット上にも居場所が設定されることもある、など、それこそ自分が”居場所”と決めた場所こそが居場所という話になる。
どうしてこういう話がテーマになったのか、ということだが、社会の合理化が進んで社会的組織が整理されてしまったことによる社会の包摂性(セーフティネットのことか)の低下が問題視されているから、のようだ。
これは何か別のラジオで聞いてゾッとした話だが、社会全体は年に2%合理化されていく、という統計結果があるらしい。言い換えると、去年まで100人でやっていた仕事が今年は98人でできるようになる、という話だ。仕事を意図的に増やす必然性はこういうところにあるのかも・・・。
昼飯を食べながらTVを見ていたら川上未映子さんがしゃべっていた。初めてお姿を見た、と思う。しゃべっている内容、というか、感性がずば抜けて面白い。手で足を触った時、手が触っているのか、足が触っているのか。触っている・触られているの感覚を逆にとらえるとどうなるか。とか、子供の頃デパートの屋上遊園にあった大きなロボコンの乗り物に乗り、おかあちゃんに手を振ってもおかあちゃんから自分は見えず、自分なのにロボコンになっていることにびっくりして慌てて飛び出て、飛び出た後に自分自身もまた”脱げない”からだをまとっている、事に気づいたり・・・。
普通なかなかそういう感覚を持つことはない、はず。やはり詩を書ける人って俗世間の常識から解放されて、感性から生まれる感覚が体中を駆け巡っているのだろうか・・・。
仕事ははかどったようなはかどっていないような。
走りに行こうかと思ったら雷雨で中止。
1536歩 0.91km 15分 72.1kcal 1.7g
291014.jpg

2009-10-14 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事