今日も1日店


朝から晴れ。
朝飯を食べながら、所さんの「笑ってコラえて」を見る。家族4人がヨットでロンドンまで。すごい経験だ。
今日は愛書会展搬入日。オヤジは昼過ぎに出かけた。荷造り作業を終えて、オークション出品作業へ移行。今日もはかどらず(お約束(^^;)。
ロボットのTVを見終えた。最後にはロボットを研究・製作されている博士そっくりに作られたロボットが登場し、博士とツーショット。悪いが笑ってしまった。そして、悪趣味だ、と思った。
自分に姿形がそっくりの動くロボットを作る、というのは、すでに趣味の世界。よっぽどご自分がお好きなのですね、という話でしかないと思う。
もし、自分の分身をロボットで作る、ということを大真面目でやろうという話なら、ちょっと待ってよ、と言いたい(^^;。一体そのロボットに何をやらせようというのか。
ニセ札が厳重に取締られるのはなぜか。本物と同じ偽物が現れたとき、本物の価値がなくなってしまうからだ。
本物そっくりのニセ札は見方によっては芸術品にも譬えられる。本物以上に精巧に作る技術がなければ作ることができないともされている。しかし、取り締まられる。人間そっくりのロボットが現れたときに何が起きるのか。人間の価値がなくなってしまうのではないか。
このシリーズの語り手だった博士は、手塚治虫の「火の鳥」に出てくるロボット「チヒロ」の物語を読んでロボット作りを志したのだという。
同じ「火の鳥」の中に大量生産されたクローン人間を銃で撃ち殺すエピソードもあったが、それは読まれなかったのだろうか。たくさんの”ニセモノ”の中に混じった”本物”を人は区別できなかった。
知恵の実を食べた人間は神に楽園を追い出された。楽園にある生命の木を取られたとき、人間が神と同じ万能の存在になってしまうからだ。
技術はひとりでに進んでいく。それは人間が知恵の実を食べたからだ。そしていまや、技術は生命をいじるところまで進んでしまっている。生命の木に手が届きそうなのかもしれない。阻止する使徒は居ないのだろうか。
人間が人間そっくりのニセモノを作った時が生命の木を手に入れた瞬間となるのかも。その時、人間の価値はニセモノと同等に落ち崩壊する。究極の進化は死、という命題とも一致している。アァ、コーリャコリャだね(^^;
長原往復。iTunes起動せず。
12282歩 7.36km 84分 732.1kcal 38.3g
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2009-03-12 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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