今日も1日店


快晴。布団干し。
休み明けで発送荷物が山積み。いつもお買い上げありがとうございます。順順に荷造り作業。終わらない。昼飯。・・・まだ終わらない。15時。お茶の時間。ようやく追いついた(^^;。ワタシの仕事が遅いらしい。
一昨日、オヤジたちが買って設置したDVDコンポ。貸してあげたCDとも二日間楽しんだらしい。いままでDVDプレーヤーを持たなかったために、”仕方なく”映画館まで映画を見に行っていた、みたいな発言も飛び出す(^^;。早く買えばよかったのにねぇ。
とはいえ、映画は映画館で、好きな歌手の歌はコンサートで聴く、という、むしろ”本来あるべき姿”をそのおかげで実現していたのだから、文明化の進行は神秘性の崩壊を招くだけなのかもしれない。
昨日聴いたポッドキャストの内容がグルグルとアタマの中を回っている。特に衝撃だったのは、日本の米作は酒の原料を造るためのプランテーションが元だった、という件。それについて、どのような歴史的資料に基づいているのか、などの根拠は示されなかったが、考えてもいないことだったので衝撃的だった。
神との交信を行う儀式に酒や大麻などが登場するのは、律令制という絨毯が列島に敷かれる以前に存在した文化だった、らしいのだ。そういう”神秘”を帯びたものとして、酒・たばこなどは扱われたという。きっとそれは、現代のように普段からグビグビ、スパスパできるような気軽な存在ではなかったはずだ。
金さえ出せばグビグビ・スパスパできる存在になったことで、酒もたばこも神秘性を失い、本来持っていたはずの力も失っている。そんな文脈が語られていた。神秘性を”売りもの”に変えていき、その文化の中心にある神秘的な要素が底をつけば、その文化そのものが消えてなくなる。なるほどそのとおりかもしれない、と思った。
律令制という絨毯の下にもともとあった本来の姿がある。そこに触れようとする気持ちが大事だ、という話で番組は終わっていた。唸ってしまった。我々の知りえる日本のルーツは、敷かれた絨毯でしかない、という話(!)。
コミック版の「風の谷のナウシカ」で見た結論に似ていた。腐海も王蟲も実は人間が作ったプログラムだった、という結論。
アタマの中がぐしゃぐしゃになっている。とりあえず走ることにした。
息子の高校受験。とりあえず初戦で合格をもらう。ほっとする。
10135歩 6.07km 70分 601.3kcal 28.0g
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2009-02-12 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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