今日も1日店


朝から快晴。キリっと寒い。
別に出かける予定などもなく1日店で仕事する。この間買ってきた本はまだまだあるのだった。
先日来、神になった日本人というTVを見続けており、豊臣秀吉、徳川家康ときて、今日は西郷隆盛の回。語り手は小松和彦氏。豊臣秀吉は京都・豊国神社、徳川家康は日光・東照宮、西郷隆盛は鹿児島・南州神社に祀られている。秀吉、家康が時の権力者で、統治の一環として自ら神になることを欲したのに対し、南州神社は全く逆の成立過程を辿った。
秀吉は生前から自らの神格化を計画し、京都東山に豊国神社、方広寺大仏殿を建てて、一帯を聖地とした。毎年祭りを開催することで豊臣家の影響力を後世まで伝えることを狙った。家康は秀吉を超えるべく、豊臣家滅亡と同時に豊国神社を破壊した上で、当時から修験道で有名だった日光に社を建て、東照大権現となった。権現は修験道に由来する言葉で、秀吉の豊国大明神との差別化も図ったという。また、日光は江戸から鬼門にあたり、東北地方を押さえ、”東から西国を照らす”という意味も込めた。語り手の小松氏は、秀吉が京都市中での影響力に考えがとどまっていたのに対し、家康の世界観は全国に及んでいた、と指摘していた。
江戸時代の間は存在しなかった豊国神社は明治政府が再興したのだという。
西郷隆盛は西南戦争で敗れて命を落としたが、民衆の支持が篤く、西郷星という明るい星が空に現われたとか、実は存命で露西亜に渡って今も健在とする伝説まであったという。埋葬された墓所に参る人が絶えず、大正時代になって祠が立ち、南州神社へと発展して現在に至る。
自ら神になることを考えた時の権力者:秀吉と家康。民衆に支持されて死後に神として奉られた西郷隆盛。随分はっきりしたコントラストだが、江戸初期から幕末明治へと時代が移り、常に上からだった権力の質が変化していった証左とも読み取れないだろうか。現代日本の国是が民主主義を採用していることとも繋がってくる話だと思う。
1477歩 0.88km 14分 69.7kcal 1.4g
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2008-12-06 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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