凡人として生きるということ


くもり空。
今日は交換会へ行こうと思う。ボヤボヤしているうちに本がなくなってしまった(^^;。朝飯を食べてから荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。
例によって昼過ぎに東横線に乗った。車中では先日買った押井守著「凡人として生きるということ」を読み始める。薄い新書なので行き帰りで読み切れる。
この本の要旨は恐らく第一章の「オヤジ論」に集約されている。氏はまず、「若さに価値などない」と高らかに宣言する。若さを持ち上げるのは若者を取り込んだ商売を展開するためだ、と喝破した。たとえば外見を飾るファッション。まだ経験の浅い若者は、雑誌に載っている流行のカッコイイ服を競って買い求める。それを着ることが個性だと主張する。そして外見を飾らないオヤジたちをダサいと攻撃する。
ところがオヤジはすでに経験から知っている。外見を飾ることに何の意味もないことを。そして、その流行は若者たちがダサいと攻撃したオヤジたちの仕掛けたものであることを若者たちは知らない。と氏は続ける。「若さにはかけがえのない価値がある」という言葉に若者たちはだまされている、と語る。
氏の語るオヤジとは、経験を積んである一定の判断力を身に付けた大人を指す。オヤジには自分のやりたいこととやらなければならないことが見えている。だから、余計なものにはビタ一文カネを出さない。
映画「スカイ・クロラ」を思い出す。若者たちが大人たちの仕掛けた戦争という枠組みの中に放り込まれ、永遠に続く明日におびえていた。彼らに欠けていたものは、おそらく視野の広さと本当にやりたいこと、だろう。この戦場に居ることが無意味だと知りながら、他にやりたいことがなかった。だからそこから逃れられなかった。
経験を積み、自分の進む道を自分の価値観に照らして選択できる大人。これがオヤジだ、と氏は定義する。外見ではなく、内面の成長は欠かせない。世の中にたくさん流布されているデマとワナに惑わされない自分を確立するには経験を積み上げるしかない。
若さに価値がないと述べたものの、若者はオヤジに”成長”していく過程に価値を見出せばいい、と氏は言い添える。
クールな作品を作る監督のイメージからは想像できないほど、言葉が熱いと思った。そして、一見厳しい言葉を投げているように見えて、裏には若者へのあたたかい眼差しが透けて見える。
かつて若者だった先輩としての。
10665歩 6.39km 80分 596.4kcal 21.0g
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2008-09-11 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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