1日店


今日も朝から暑い。昨夜も熱帯夜。それでも梅雨明けの話はまだ聞こえない。まあそんなもんだろうけど(^^;。
朝飯を食べながら荒木経惟TV。内容は、今までの著書で、写真集で語られている世界観なのである意味おさらいのように見る。
写真は言うまでもなく、写真家がカメラを介して対峙した世界の記録だ。何に向かっているとき、その写真家はシャッターを切るのか。それがすべて。撮られた作品には作家そのものが合わせ鏡のように写り込む。
荒木さんの写真には写真家自身が写り込む割合がものすごく多い。私写真。ほとんどすべてと言ってもいいかもしれない。撮りたくなる、もの、人、風景。たとえ被写体が頼まれた人であっても、その場で知り合いになってしまうのがアラーキーの写真術。荒木さんのパーソナルが投影される。それがスゴイ。
TVの中で紹介されていた「東京は、秋」という写真集が大好きで、ワタシがカメラを持って街を歩くのは氏のこういう視点に憧れたからだ。もっと言えば、女房たちを連れて写真散歩するのも、この「東京は、秋」の中で荒木さんと陽子さんが写真について会話しているスタイルがうらやましまったからであり、女房には迷惑な話だろう(^^;。荒木さんは出来上がった写真をはさんで陽子さんと写真談義しているが、ワタシは散歩しながら写真に撮ろうと思う風景を女房としゃべってからシャッターを切っている。
荒木さんはこの写真集を電通退職後に1年かけて撮影している。三脚にペンタックス6x7を付けて、シャッターをガシャガシャいわせながら一人で東京と向き合っていた。その風景は何処となく寂しげだ。陽子さんとのダイアログを付したのは、そんな寂しさを打ち消したかったからじゃなかったか。
死について。身近な人の死は写真家を名写真家にする、と荒木さんは言う。陽子さんの死は大きな出来事だった。そこから逃げずに荒木さんは写真を撮り続けた。自分しかそれを出来る人間は居ない、という決意があった。写真には濃厚に荒木さんの気持ちが写り込んでいた。とても濃厚に。
見ている者までまるで親しい人の死に直面しているような気持ちにさせられた。雪の中を飛び跳ねるチロちゃんの姿で終わっているこの写真集は、悲しさだけではないもっと複雑な荒木さんの心の中を著わしていた。
一気に見終えてしまった・・・。
2284歩 1.37km 23分 102.6kcal 2.4g
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2008-07-17 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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