横浜へ


朝から晴れ。暑い。
月曜日は毎週忙しい。さらに今日は午後から公務で横浜へ行かなければならないため、それまでに積み上がっている要発送荷物すべてに仕事をかける必要があった。さあ大変。でも、ここであわてて間違いを起こしては何にもならない。慎重かつ大胆に仕事を進めていく。毎週200個以上の荷物を発送しているので自分では慣れているつもりになっているが、本当に危ないのはその「慣れているつもり」なことだったりする。週が変わるたびに気持ちを入れ替えて仕事に当たるよう心掛けたい。今週もこれからも。
少し早目の昼飯を食べながらグレン・グールドのTVの続き。コンサートでは一切演奏はしません、と宣言した彼はその時32歳。50歳で病没するまでの18年間はずっとスタジオの中で音楽と向き合っていた。
今回は彼がモーツァルトを演奏していた。左手でバババババと強く、まるで8ビートのごとく刻むベースにのせてモーツァルトの旋律が響く。モーツァルトを譜面に忠実に”模範的”な演奏することで有名な演奏者と聴き比べると、これが同じ曲か?と思えるほどに違う。
当然グールドの演奏には賛否両論が巻き起こった。
音楽が芸術なら、常に新しい解釈・演奏がなければならない。世代を超えても変えてはならない作法があるなら、それは芸術ではなくて芸道(家元制)と呼ばなければいけないだろう。楽譜に忠実な演奏は誰もが納得する演奏にはなるだろうが、それが芸術と云えるのかは微妙な所。グールドの意識は演奏することで芸術を創出したかったのではなかったか。
敢えてモーツァルトのようにエキセントリックに演奏したり、時にはブラームスの間奏曲集のようにロマンチックたっぷりに演奏したり。グールドの演奏は大きな振り幅があった。「どうしようもなく自分はロマン派だ」とグールドは言った。
吉田秀和氏は言う。ロマンとは存在しないものへの憧れ。ロマン派というグールドには、現在を否定し理想を求めようとする意思があった。
自分を越えた存在を意識する。彼にとって音楽は、自分を、自分を超えた存在にまで高めてくれる(かもしれない)唯一の方法だったのではなかったか。彼は聴衆を必要としなかった。それはきっと、神(という絶対理想)に向かって演奏するという、とてもパーソナルな動機を持っていたからなんじゃないかしら。無論、その是非は別として。
横浜で会議。内容は守秘義務によって書けません。
9824歩 5.89km 72分 564.2kcal 20.3g
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2008-07-14 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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