二往復


くもり空。
今日から愛書会展。オヤジは会場へ向かったはずだ。ワタシはとりあえずいつもどおりに起きて、朝飯を食べる。荷造り作業を鋭意行った後、古書会館へ向かった。かなり久し振りの交換会。
向かう車中では「坂の上の雲」の続き。黒溝台会戦の描写。露西亜陸軍内での官僚的対立から、クロパトキンの率いる軍と本国から派遣されたグリッペンベルクの率いる軍の作戦が必ずしも一致しなかった。
大量の軍隊を動かし、敵の弱点に一気に注ぎ込むのが戦争に勝つもっとも有効な方法。日本軍司令部は厳冬期に入ったことを理由に露西亜軍は攻めてこないという根拠のない見通しを立てた。実は厳冬期こそ露西亜軍の最も得意とする時期で、かのナポレオン軍がロシアに遠征した際も厳冬期に撃退されている。
日本軍の最左翼は秋山好古の騎兵が守っていたが、兵の厚い中堅と右翼に比べて最も兵が薄かった。グリッペンベルクはその日本軍の隙を衝き、最左翼に大軍をぶつけた。好古は再三にわたって司令部へ露西亜軍運動の兆しを報告していたものの、厳冬期に動くはずがない、と握りつぶされていた。そこへ大軍がやってきた。好古は拠点防衛に向かない騎兵団だったが、機関砲などの重火器が充実していたため、10倍の露西亜軍に対して撤退せずに踏みとどまり、援軍を待った。この状況判断がなければ一気に日本軍は総崩れになっていたところだった、と作者の司馬遼太郎は書く。
露西亜グリッペンベルクの作戦は当たった。あと1日攻めれば日本軍全体が総崩れになりそうな状況になったとき、クロパトキンは謎の撤退命令を下した。司馬遼太郎は、グリッペンベルクに戦功を上げさせると自分の地位が脅かされるとクロパトキンが判断したのではないか、と書いている。露西亜軍が謎の撤退を開始したため、かろうじて日本軍は助かった。露西亜軍は日露戦争勝利の一歩手前まで来ていながら個人的保身を図る上層部対立のため自ら成功を手放した。
入札を終えてから友愛書房さんへ時候のごあいさつ。渋谷でフィルムを現像に出し、店に戻る。荷造り作業。先日の狩人その他が入金になり、FEDXへの手続き。これが思っていたより何倍も面倒なことがわかり、書類の作成で四苦八苦する。南部へ出かけるのが1時間遅れる。そのまま神田まで往復し、今日の落札品を引き取った。
店に戻ってからメシを食べて荷造り作業再開。いつもお買い上げありがとうございます。
12485歩 7.48km 106分 644.5kcal 20.5g
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2008-07-11 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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