往復


朝から快晴。
明け方は冷え込んだようだが、さすがに日中は暖かい。気が付けば3月。太陽の光もかなり強くなってきている。大好きな季節・春はもう目の前だ。
朝飯を食べながら京都映画の歴史のTV。マキノ省三氏に始まる日本映画の歴史。最初期は当然無声映画。コマ数も少ないので人間の動きがチョコマカとややコミカルな調子になる。セリフもない、動きもしっかり捉えられない、カメラも固定、といろいろ制約のある中でも、当時のクリエイター諸氏はしっかりと映像表現を確立していた、とやら。焼けて現存しないフィルムも多く、現在では当時の全貌を知ることは難しくなっているようだ。
荷造り作業。いつもお買い上げありがとうございます。昼前に東横線に乗った。今日は一新会。オヤジも「あとで行くよ」とのこと。
車中では「翔ぶが如く」の続き。明治初年は結局太政官政府と旧士族が対決する内乱状態だった、と云えるようだ。ここまでの一連の流れがペリー来航に端を発しているとすれば、「格差」という問題が一国全体を揺るがす大問題であることがよくわかる。太政官政府は旧体制をとことんまで破壊しようとした。軍隊も徴兵制とし、旧士族を頼らなかったばかりか、旧士族から特権と権威を奪い去った。当然そうしなければ社会は変わらなかった。
旧士族の不満は各地で頻発した反乱によって察することができるが、それぞれが情報を共有するべく連絡していなかったことが最終的な勝敗を分けた。神風連の乱が起きたことを合図に萩の乱が起こるが、伝えられた情報が断片的に過ぎて、前原一誠の準備不足も重なり萩の乱はあっけなく鎮圧される。
翌年、薩摩の桐野利秋が総司令となり、西南戦争が勃発するが、神風連の乱のとき熊本鎮台(政府軍)の守備が甘かったという断片の情報が伝わり、桐野の判断を鈍らせたのではないか、と司馬遼太郎は書く。徴兵された鎮台の兵隊は士族ではなかったため、少々甘く見られることがあったようだ。
入札を終えて昼飯のうどん。食べ終わって地下鉄。もちろん続きを読み続けた。
店に戻ったらお茶の時間だった。母親が隣のたい焼き屋で今日から発売のさくら餡を買ってきた。少々値段は高かったが、食べてみたらその理由がわかった。すっげーうまかった(^^)。
昨夜遅かったからか、眠気あり。うつらうつらしているうちに夕食の時間となり、仕事もはかどらず。ダメだなぁ。
6160歩 3.69km 58分 291.5kcal 7.1g
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2008-02-28 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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