今日も往復


曇り空。
録画しておいた番組が溜まりすぎてHDD容量が足りなくなってきた(^^;。息子はTV録画行為から解脱しているが、それは動画サイトで番組を見ているからだ。女房は最近再放送中のラスカルを撮ったまま消せないでいるし、娘はきらりんレボリューションをはじめとした子供向けアニメを毎週大量に撮って見ている。結局ウチ中TVが大好きなのだ。
ただし、みんな本も読んでいる。要は物語に触れることが好きなのであって、単純にただTVを見てダラダラと楽な時間を過ごしたい、と思っているわけじゃない。
本も読むし、新聞も読むし、ネットも見るし、TVも見る。その配合バランスが大事なんじゃなかろうか。知ることにたいして「これだけでは満足できない」という欲求が重要で、本を読むという方法がすべて正しいわけじゃないと思う。
ネットもTVもケータイもある世界での本の位置。相対的に地位が低下している、と見る人がいるかもしれないが、それでも、やはり本というパッケージの持つポテンシャルはかなり高いと思う。それは、むしろネットもTVもケータイもバリバリに使った人が初めて気がつくことではないかしら。各メディアはそれぞれで完全無欠というわけにはいかない。それぞれが相互補完する存在になっている。
本が電子媒体に完全に置き換わることはこれからもない。パソコンが普及したときに紙の消費量が減ると言われたがむしろ増えているようだし、パソコン解説書の多さは本屋に行ってみればすぐにわかる。人間のアタマにUSB端子でも付かない限り、本の完全電子化は無理だし、そもそもする意味がない。本は本という形だからいいのです。
話が大きく反れちまった(^^;。その後も録画した「踊る」を見続けている。このドラマのすごいところは、事件は日常に潜んでいる、という一貫した視点だ。第一話で退屈な日常はない、と否定したものの、やっぱり日常といわれる普段の日々が続いて行く。毎回特別な悪人が出てくるわけでもなく、スーパーマンが出てくるわけでもない。そんな”日常”から出発してドラマチックな話へと組み上げていく。
日常を退屈だと思えばどこまでも退屈なまま続いて行くだろう。日常が退屈と思っている人は、たぶん日常を退屈に過ごしたい人なんだと思う。
16時過ぎに五反田へ。入札会の本を引き取りに。夕食までオークション出品作業。今日は大量の落札を頂き、メール書きは日付が変わっても終わらなかった。いつもお買い上げありがとうございます。
2519歩 1.51km 24分 127.4kcal 2.7g
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2007-10-13 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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