1日店


快晴。
朝、健康保険の検査案内が来ていたのを思い出し、近所のお医者様へ受けに出かけた。尿検査に血液検査。胸部レントゲンと心電図。血圧に身長・体重も測ってもらった。
店に戻ってすぐに仕事開始。荷造り作業をしているうちに昼飯となる。午後も荷造りを続けた。いつもお買い上げありがとうございます。
息子は今日明日まで期末試験。ここ数日連続して塾に行き、試験勉強のツボを見てもらっている。いままで勉強に関してはかなりルーズだったことの反動か、それとも、やるべきことが見えた安心感が後押しするのか、自分から取組み始めた気がする。ワタシもつい最近まで息子のゲームについてあまりうるさく言わなかったが、ふとしたことをきっかけにやはりこのままでは駄目だろうと思いなおし、積極的に口を出していくことにした。それで良かったんだと思うし、なぜ今までそんな風にできなかったのか悔やまれる。息子はむしろそんな風に口を出してくる”親”を待っていたかのように反応している。ゲームはきっと息子の出すサインだったのだろう。言葉であれこれ言わないタイプなので気づくのが遅れてしまった。これは親の怠慢だったと思う。
1日の仕事を終えてから「下流志向」の続きを読む。1時間ほどで読み切った。教育論を絡めたこういう内容の本は読んだことがなかったが、いろいろ示唆に富んだ本だと思う。Aのレビューには実証的ではない、といったかなり批判的な意見もあったが、ここに書かれている内容を読み物として精神論的にとらえるなら十分に好著といえるのではないか、と思う。
等価交換という言葉に、著者は批判の目を向ける。これは労働に対してそれに見合う対価を受け取りたい、という市場経済的考え方だが、一見当然じゃないか、と思ってしまうところに現代日本の危うさがある。これが教育の現場に持ち込まれた時どうなるか。それを象徴的にあらわした言葉がこれだ。「どうして教育を受けなくちゃならないの?」これだけの苦痛を我慢して授業を受けて、その見返りにどんないい事があるのか?という等価交換(市場原理)の考え方。投資に対しての成果。でも、人間形成としての”教育”ではそう簡単に成果は表れない。投資から恩恵を受けるまでの時間をどんどん短くしていこう、という昨今の考え方は基本的に教育にはなじまない、ということだ。氏はその問いに対しては答えないことが答えだ、と述べる。教育を受ける権利を持つ”子供”から発せられるはずがない言葉だからだ。
1611歩 1.04km 15分 89.4kcal 1.0g
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2007-02-22 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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