クリスマスって


昨日体験した渋谷のムンムンはすごかった。
ここに「若者殺しの時代」という本がある。堀井憲一郎と言う人が書いている。この本には今のようにクリスマスがムンムンするようになったのは「1983年が転換点」と明言してあった。
それまでのクリスマス風景は子供たちのものだった。年末の忙しい中、親たちが片手間で用意したクリスマスのプレゼントをもらい、ケーキを食べておしまい、というもの。まだ「若者」というくくりも無かったという。
その世界を変えるきっかけを作ったのが女性誌だった。1983年の12月、アンアンはクリスマス特集を組む。「今夜こそ彼のハートをつかまえる!」というタイトル。まず女の子がクリスマスに目覚めた。その頃男性誌ポパイのクリスマス特集は「今年もらいたいモノカタログ」だった。男の子にとってクリスマスはまだ子供の頃の枠組みそのままだった。
男性誌はその後数年間はクリスマスをパーティして騒ぐためのイベントとして取り上げる。「花見と同列」と堀井氏は切り捨てた。たしかに忘年会ともダブりそうだ。男の子にも今のクリスマスが浸透したのは1987年。ポパイに「クリスマス、今年こそ決めてやる」という特集が組まれたころらしい。ここに至り、クリスマス=恋人たちの日というテーゼが完成した。
1987年といえばワタシはまだ高校生の頃。そういう世界とはほぼ無縁だった事を思い出す。しかし、少しは世間を知り始める大学生になったあたりにはもうすでに「若者」という範疇が形成され、信仰などとは一切関係なく消費行動を即すイベントとしてのクリスマスが始まっていたことになる。
筆者はこれと似たものとしてバレンタインデー、東京Dランドの聖地化を挙げる。どちらも女子が主役。開園当初のDランドとはアトラクションも少なく、あくまでも女子が楽しむ場所であって男子が行っても楽しめなかったと断じている。
題名が「若者殺しの時代」と銘打たれているのはどうしてか。それは、大人が社会において”利益を生み出す構造”を文化を切り売りしてシステム化していく過程と筆者が見ているからで、その一番のターゲットに「若者」が据えられていたことによる。
恋愛ドラマ、携帯電話、プライバシー、そして一人暮らしとコンビニ。どれも家族から若者を切り離し、消費というレールに乗せるため巧妙に用意されたアイテムだった。
昨日、ほんの少し歩いただけの渋谷でまるでエビちゃんのようにメイクアップした女性を何人も見た。スラリと背が高くてカッコいい。大抵傍らに男の子を連れていた。明らかに女子が主で男子が従だった。男子は女子のアクセサリーにしか見えなかった。日本におけるクリスマスとは1987年からそういうものになっているらしい。
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2006-12-25 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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