往復


雨。
今週はずっと雨の印象だが、オヤジたちが小諸に出かけたときは晴れていたらしい。うまいこと晴れた日に出かけられてオヤジたちは今週ずっと機嫌がいい。単純だ。
いよいよ母親も年金をもらう年齢になり、「これからはまとまった旅行へ行きたいんだけど、いいかしら。」と言われた。オヤジは何も言わずにニヤニヤしている。そりゃもちろん。どうぞどうぞ。店は臨時休業で閉めておけばいいだけだ。まだ沖縄にも北海道にも行ったことがないらしい。ひょっとして飛行機もまだかしら・・・?
自分たちの仕事は徐々に減らしていきたいというのが本音のようだ。今朝荷造りした荷物を降ろしたときにそんなことを話す。
仕事のペースを落としたいと考える年齢かぁ。ワタシがオヤジの歳になるのはあと28年後だ。その頃の世の中は一体どーなってんだろーか・・・(^^;。
WINDOWS95が発売されインターネットの普及が始まってからまだ11年しか経っていない。その11年で世の中のシステムはネットなしでは成立しなくなってしまった。じゃあこれから10年経ったら? アタリマエのようにネット社会はさらなる深化を進めるだろう。
ネットの普及を後押ししたのは普段使っているツールのデジタル化だ。レコードがCDに置き換わったのは今思えば一つのエポックだった。写真も8mmもデジタル化した。本もデジタル化するかと思ったがこれはそこまで一気に進まなかった。”眼”という器官が文字を読み取るという前提が変わらない限り、しばらくこの状態が続くのではないか、と思う。ライターの書いた原稿を電子編集しても、結局は紙にプリントしなければ”眼”は読んでくれない。
近未来を描いた映画の傑作に「2001年宇宙の旅」があるが、例の解説本を読むと進化を極めた生物は肉体を脱ぎ捨てて観念的な”意志”だけになるらしい。ボウマン船長はHALとの闘いに勝ってスターゲートをくぐり、とうとうスターチャイルドに進化するが、それを導いた宇宙人は進化の過程で肉体を捨て、すでに”意志”だけの存在になっていた。だから画面に宇宙人は映らない。
人間が眼と言う器官を捨てて情報を直接ポートから取り込めるようになれば、本は必要なくなってしまうが、それまでどれだけの紆余曲折があるだろうか(^^;。人間がデジタルに置き換わる日。少なくとも現在ある”生きている”という概念さえ超越しなければ、肉体を捨てた人間のことを”進化した姿”とは捉えられないだろう。ちなみに進化の究極を”死”とも言う。
ネットと本はこれからも共存できる。そう確信して今日も雨の中交換会へ出かけた。
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2006-10-06 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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