日本の伝統


今日から息子は弁当を持っていくことになった。
女房は朝早く起きてひさびさの弁当作り。大変だろうな、と思いつつワタシはゆっくり寝かせてもらう。息子はもちろん高鼾だ(^^;。
子供たちが学校へ出てから女房と二人で朝飯を食べる。今日は淹れたコーヒーに豆乳を投入。なるべく動物性のたんぱく質を摂らない方向で。牛乳と違って混ざりにくく、ちょうど見た目味噌汁のようになる(^^;。味はどうと言うこともない。牛乳を入れたときのように少しまろやかになった。
車内では今日から岡本太郎著「日本の伝統」を読み始める。衝撃を受けた「今日の芸術」は昭和29年の刊行。この「日本の伝統」は昭和31年。太郎さんが一番元気な頃に書かれた文章だ。「今日の芸術」の続編とも言うべき本編は、一体日本の伝統は正しく把握されているかどうか、について熱っぽい論理展開がなされていた。
冒頭の「法隆寺は焼けてけっこう」という項には瞠目した。「だが嘆いたって、はじまらないのです。今さら焼けてしまったことを嘆いたり、それをみんなが嘆かないことをまた嘆いたりするよりも、もっと緊急で、本質的な問題があるはずです。 自分が法隆寺になればよいのです。」古い価値を打ち破ることこそ芸術、という太郎さんの基本的な考え方が端的に現れた文章だと思った。すげえことを言うなぁ、と思いつつ、それを実行したのが万博の太陽の塔だ。
今の価値判断で良い悪いを考える。過去を持ち上げるために現在をこき下ろす人を太郎さんは徹底的に糾弾する。どんなに長い時間を過ごしてきたものでも、現在に影響を与えられないものにはなんの価値もない。現代の美意識に深い影響を与えるもの、それを今作り出すことこそ日本の伝統と考える。自分が法隆寺になればいい、という言葉には古い価値観に寄りかかった権威主義を思い切り喝破する力と決意が込められている。
本質を徹底的に考えた人の言葉は古くならない。多くの示唆に富んだ考え方に巡り合う幸せを思うのだが、ということはつまり、現代においてなお岡本太郎を乗り越えた人がいないということにもなるのだねぇ(^^;。
横浜から店に戻って仕事開始。オヤジが店の配置換えをしたいと言い出し、それにはじかれた本を積み上げた。「これやっておいてくれる?」とだけ。ワタシはワタシで仕事があるのだが、こういうところは容赦ない(^^;。
夕食はホッケの焼物とカボチャの煮付け。ウマイ。食後はさっきオヤジが作った仕事をずっと。
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2006-04-10 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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