横浜へ


月曜日は横浜へ。
今日も交換会には品物がたくさん出品されている。いくつか入札できる品物が出ていたので入札。落札できるでしょうか。いよいよ来週に迫った通常総会。いくつか検討しておく事項があったのでその対応。
今日は月一の商品が出品される日だったので手が足りず、ワタシも開札作業のお手伝い。昼食を挟んで午後も会議。
18時少し前にタイムカード。今日落札した品物を背中に背負って右手に提げて古書会館を出た。青空に飛行機雲が伸びている。100円自販機でお茶を買って空を見上げながら飲み干した。
店に戻ってから甘露書房の仕事を始める。5月は1年で一番いい季節だ。窓は解放されて外の音が聞こえる。女房が夕食の仕度をする包丁のトントントンという音と、「片付け終わったのー?」と子どもたちを促す声。「わかったよー、はいはい」という娘の声。全部聞こえる(^^;。
夕食はさわらの西京漬けのやきものと切り干し大根の煮付け、玉子とかんぴょうの味噌汁。切り干し大根は息子の好物でもある。娘は「このおみそしるおいしい」と味噌汁ばかり飲む。「ご飯もちゃんと一緒に食べるんだよ」と女房。娘は切り干し大根はあまり好きではないらしい。
さわらというと、ワタシが小学生の頃には給食で「さわらフライ」ってのが出ていて結構好きだった。白身魚。西京漬けはちょうどいい塩加減でご飯がすすんだ。息子はウマイウマイと言いながらワタシよりも早く食べ終わった。早食いはワタシも給食を食べていたときに身についてしまったっけな(^^;。
食べ終わった頃に雨が降り出した。結構ザーザー降ってきた。さっきまで晴れていたのになぁ。仕事をしながらラジオをつけると「六本木では局地的豪雨が」なんて話している。ネットの記事には「オホーツク海高気圧の影響で寒気が入り込み」ともう豪雨の原因まで書き込んであった。情報過多という言葉が浮かんだ。
この間の金曜日にMさんとUBCの話をしていたとき出た話。明治時代には電話がまだ十分普及しておらず、時の文学者の日記を読むと興味深い事実が浮かんでくるらしい。ふと思い立って会いに出かけるものの、相手が留守で会えなかった、という記述が結構な割合であるというのだ。なるほど、と思った。
明治の文学を語るとき、情報・通信インフラの未発達によって発生した徒歩による逍遥を無視できない。一見無駄に思えるこの移動時間の間に作家は街と摩擦をしていろいろな文学的示唆を感じていたはずだ。
現代のように情報を”浴びる”ことが常態化し、ネットで何でも手に入れられる世の中になりかかっているが、それはあくまでも”仮想世界”であって、リアル世界での摩擦がすべての根源であることは否定できない。
通信の発達による情報過多は人に見かけ上の豊かさを与えて”ものぐさ”にしてしまう。本当に進むべき道として我々の前に現れたわけではないことに注意したい。あくまでもネットは”仮想”であることに変わりはないのだから。20050524000404.jpg

2005-05-23 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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