今日まで


店舗営業は今日が年内最終日。
といって何が変わるわけでもない。普段どおりの火曜日。いや、今日は年末だというのでオヤジたちも仕事をしにきた。
おかげでワタシは店に居なくても良くなった。仕事に集中できる。昨日から要発送荷物は大山二つ分となり、あまりにも嵩張って仕事に支障をきたすので「出せる分だけでも郵便局まで持って行っちゃうわよ」と母親。しばらくして戻ってきた。「郵便窓口が大行列なのよ。困っちゃうわ。」年末だから仕方ないでしょ(^^;。集荷をお願いすることになった。
お手伝いをしたらお駄賃をあげるよ、ということになり、子供たちのお手伝い意欲が高まった。息子は布団上げや皿拭きなど。娘はエプロン姿にバンダナをかけてフロアを雑巾がけしてくれている。お駄賃のレートは女房が決めた1回あたり1円から2円(^^;。娘はともかく息子の貨幣価値はどうなっているのか?とちょっと心配になるくらい小額だと思うが、まあこの際金額の問題ではないのだろう。別にこの10倍だっていいとは思うけど、働いたことに喜んでもらうという結果を一応形にするだけだから、その価値は1円でも10円でも変わらない。
夕方、仕事場に息子がメソメソしながら現れた。後ろには女房と娘が控えている。どうした?「壁に穴をあけてごめんなさい・・・」しょぼくれた顔をして泣いている(^^;。なんだかなぁ。とりあえず一緒に現場検証。や。確かに穴が開いていた。穴の開いた経緯を聞くと、妹と遊んでいて妹が”やーめた”と途中で遊びを放り出したので「むかついたからけった」らしい。ワタシに即されて搾り出すような声でやっと話した。
穴自体はそんな大きなものではないが直りそうもない。だが、今ワタシが為すべきは、開いた穴の大小を気にすることではなくて、これから先にこういうことをしないよう子供に方向付けをしてやることだ。
物心付くか付かないかの時期には意識して子供たちの尻を叩いて叱ったことがある。叩くことが目的ではなくて、悪いことをしたら親に叱られるんだということを体に覚えさせるためだった。そういう時、子供たちは泣きながら「ごめんなさい」と謝っていた。わざと手加減して弱く叩いたから痛くて泣いているのではなく、親に怒られているということが哀しかったはずだ。
もう子供たちもその時期は過ぎた。頭ごなしに叩いて叱ってもアタマには反抗心だけが残る。自分で考えて判断できる歳だから話してわからせる必要があった。親は子供が成長するまで力でも理屈でも常に子供たちよりも上の存在で居続けなければならない。
ワタシの話を聞きながら「ハイ」とうなだれて返事をする息子。十分反省している様子だった。もう二度としないように、と言って尻をポンと叩いて仕事に戻った。
もちろん、これはオヤジの受け売りだ。ワタシもこうして育てられた。小さい頃はよく叩かれてずっとその存在が怖かったオヤジ。ただ、ワタシが大学生になってからは叱られることもなくなってしまった。オヤジの顔色を伺う必要がなくなってホッとする反面なんとなく物足りない気持ちになったことを覚えている。
子供は親に教えられたことを忘れない。だからもし、親(もしくは親代わりの人)から何も教わらなかった人が仮に居たとすれば、その人は怖くて親にはなれないのではないだろうか、と思う。
夕食の時、もう息子はメソメソも神妙な顔もしていなかった。ニコニコしながら夕飯を並べる手伝いをしていた。ワタシは小さい頃こういう風にはなれなかったなぁ・・・(^^;。
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2004-12-28 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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