保育参観と仕入れ有


今日は娘の通う幼稚園で保育参観がある。
少子化の傾向があるためか、幼稚園のこの手の行事があるときには大変な人の数が集まってくる。お父さんお母さんは言うに及ばず、おじいちゃん、おばあちゃんまで。喜ばしいことではあるが。
ウチもその大変な人数のうちの一人(^^;。欠かしたことがない。いよいよ今回が最後なので世間並みにDVを持ち込むことにした。こういうビデオって撮ってすぐは見る気にならないが、5年、10年経って見ると二度と撮影できない映像になる。
今日の授業は紙で小人を作るのだけど、その服と帽子の模様を子供たちの自由なデザインに仕上げてもらうという内容。水性の色ペンで模様を描き、水でしめらせた筆を走らせてわざと滲ませデザインチックに仕上げるという。なかなか洒落てますな。先生が黒板に見本のデザインを書く。ナナメの線を交わらせて上手な感じ。
こういうとき子供たちそれぞれの個性がでるようだ。ウチの娘は迷わず先生の真似から入り、気持ちに余裕があるのかもう少し線の本数を増やしていた。同じようにナナメの線を多用している子もいれば縦横自由に描きこんでいる子もいる。見本を真似るってのは間違いたくないという安定志向の表れだろう。先生の教えてくれたことと関係なく行動出来る子もいれば、先生の言ったとおりにしたい子もいる。意識することが分かれていて面白いなぁ。この年にしてすでに個性が出ているらしい。
女房とあれこれ話しながら帰り道。「みんな静かに先生の話を聞いていたよね。」でもそれって普通なんじゃないの?「違う違う。小学校へ行くと他の幼稚園の子達が入ってくるからギャーギャー騒いで全然先生の話を聞こうとしないんだよ。」え(^^;。そうなの?。他の幼稚園では子供たちを”野放し状態”にしてるのかなぁ。「それはわかんないけど、ここが普通と思ったら大間違いだよ。」なるほど、そうですか(^^;。
運動会ではきちんと整列。お遊戯会ではちゃんと音楽に合わせてダンスを踊れる。授業では先生の話をちゃんと聞ける。これを称して”軍隊みたい”と揶揄する人もいるようだけど、ワタシはこの時期に身に付けた習慣は一生ものだと思う。良識を大きくなってから身に付けようとしても難しい。最初からアタリマエのこととして受け入れてしまえば後がずっと楽だ。身を美しくと書いて躾と読む。
とはいえ、さまざまな考えのぶつかり合いで社会が形成されている。多様さこそが豊かさだ、という考えに立つなら、すべてを受け入れた上で自分の位置を探るべきだろう。あえて避けるという方法を取るというなら、それは問題を先に送るだけのことだ。
午後はオヤジと仕入れに出かける。店に戻ってから出品する荷物と店で売る荷物に仕分けをして早速神奈川の市場へ。道中は混んでいた。20050119085428.jpg

2004-12-04 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事