救急車


さる年 月は高く山にあれど雲に閉ざされ道に迷う意。注意して行け。
今日の占いコーナーの言葉だ。別に気にも留めなかった。いつものように古書会館へ。今日はお金のことで重要任務を帯びていた。遅刻できなかったので少し気持ちあせりながら電車に乗った。
天気がよかったので駅についてからデジカメを取り出してスナップしたり。今日は金曜だし、最初に重要な仕事を片付けてしまえばあとは普段の仕事をすればいい、と気楽な気持ちだった。古書会館に到着して各階段の鍵を開ける。そのころから異変には気が付いていた。
ふらふらした。今朝寝すぎたからかな?と気に留めなかった。ところが組合のIさんと一緒に銀行を往復するうちにどうしようもなく身体がふらつく感覚に襲われだした。Iさんから「お帰りになったほうがいいですよ」と勧められ、その通りにしようと思った。ところが自分の荷物を取りに古書会館まで戻ると身体がふらついてもう立てなくなっていた。
思わずソファに腰を落とすと冷や汗が出て顔を上げていられなくなった。傍らにあったゴミ箱に吐いた。止まらなかった。
何かいろいろと聞いてくれる方がいらしたがよく覚えていない。気が付いたら救急車が古書会館に来ていて救急隊員に座ったままの姿勢で救急車まで運ばれた。血圧計、心拍数を測られ、近所の病院へ搬送された。
救急センターでは内科の先生に診てもらう。若い女医さんだった。30分くらい血圧やら心拍数、「はい、目でこの指先を追ってください」と気持ち悪いのにいくつかやらされ、結局内科では担当できない、と診断される。その間この吐き気を抑える処置はなにもしてくれなかった。車椅子に乗せかえられ耳鼻科へ移動を命じられた。長い長い廊下が苦痛だった。耳鼻科では診察までしばらく待たされ、挙句さっき内科でやった血圧と「はい、目でこのペンを追ってください」をやられる。気持ち悪くてゲーゲー吐き続けてる患者にこの仕打ちだ。もちろん吐き気を抑えるなんの処置もない。
「CT取ります。あと聴覚検査もね。」とこちらでも若い女医さんが指示を出す。点滴を看護婦さんに打ってもらったが、なかなか入らずに穴が二つ開いた。こっちは気持ち悪いから無抵抗。やられっぱなしだ。
CTの台に寝かされて生まれて初めて自分の脳の断面を撮られた。Iさんが連絡を取ってくれたらしく、しばらくしてオヤジが来た。それまでずっとIさんが付き添ってくれていた。どうもすみませんでした。組合員の方にもご迷惑をおかけいたしました。オヤジの顔を見たらそんな言葉が浮かんできた。
自分では救急隊員さんにも内科の先生にも”以前にもこういうことがありました”と伝えていたが、耳鼻科の先生には一切伝わっていなかったらしい。典型的なタテワリだ。CTの画像を見て、オヤジに連れられて大騒ぎで聴力検査をした結果なんてちょいと見ただけで「大丈夫のようですね」でおしまいだった。結局なんていう病気かはこちらによく説明のないまま、とにかく横になりたいとワタシが要求したので初めて奥にある簡易ベットで横にならせてもらった。やっと楽になった。小一時間うとうとしながら点滴を静かに受けた。
疲れがたまると倒れるというけど、ワタシの場合は耳の三半規管にその症状がでるらしい。自分では別段詰めたつもりもなかったのだけど、気持ちと身体では状況認識に差がでているらしかった。思っていた以上に身体は疲れていたのだろう。反省した。脳からきている症状ではなかったことに少し安心した。
お会計は7500円。点滴と横になるためにこの金額か・・・。帰り道、ゆっくりゆっくりオヤジと東白楽の駅まで歩きながらいろいろと喋る。「とにかくよく寝ること。毎日5時間以上は寝なきゃだめだよ。」とオヤジ。もっと寝てるんだけどなぁ・・・(^^;。そんなに働いていると思ってたの?
ウチに帰ってからは何もせずに速攻で寝た。組合員の皆さんにご迷惑をおかけしました。特にIさんにはずっと付き添っていただいて申し訳ございませんでした。感謝申し上げます。20050208172910.jpg

2004-10-29 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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