柳川へ その2


舟に同船したのは11名。ハイシーズンなら20名乗れるらしい。
ゆっくりと進む船。ゆらりゆらりと揺られながらカメラはどんどんフィルムを消費していく。荒木さんも陽子さんとこの舟に揺られながら写真をしていたのだ。
「ユックリ、ユックリ、お爺さんは棹を操って船を進ませて行く。するとたびたび木の小橋に会う。それもうんと低い。それで橋が近づくとお爺さんは「伏せて」と私達にいう。私達はマシンガンをよけるようにさっと伏せる。お爺さんはどうするのだろうと上目使いで見ていたら、棹を船のサイドに平行に構え、上手いことかがんでいる。さすがプロだ。そんな風にしていくつも橋を過ぎていく途中、鴉のような鳴き声で、バサバサと鳥が木から木へと飛んでいった。とちがらす、という名前だとお爺さんは説明してくれた。私はその時、伏せの状態が快いので、そのまま流れに身をまかせてウトウトしかけていた時だったので、突然の羽音にいささか驚かされた。」(「わが愛、陽子」よりセンチメンタルな旅の一場面)
「センチメンタルな旅」を彷彿としながらも、今回は一人旅である。撮るモデルの不在を何度か心の中で嘆いた。
あの「御花」の周りをぐるっと回ってから舟は船着場に到着した。
船頭さんお勧めの鰻の店で名物のうなぎのせいろむしを平らげた。使い込まれた木で出来た器が印象的だ。味は噛めば噛むほど系。よく蒸しあげられたご飯はいつまでも熱くて、ほおばりながら何度もフーフーした。
食べ終わってからはいよいよ「御花」へ向かった。ある程度は予想していたが、柳川観光の拠点のような存在になっており、団体客は旗の先導でゾロゾロと中に入っていく。かの「センチメンタルな旅」で描かれた70年代ころの適当に寂れた印象はあまり感じられなかった。
謎の西洋館。中を見るには入場料を取られる。それはいいとしても、やはりあの写真集の雰囲気までは保存されてはおらず、いささか拍子抜けした気分になった。それでも西洋館の2階には甲冑もあったり、天井の装飾は写真集そのままに保存されている。じゃあ何が不満なのか。あのザラッとしたトーンの手触りか。いや、あれは写真表現だから実物のようで実物ではありえないのだ。
広い庭園を縁側から望んだ。快晴の空がまぶしい。陽子さんが寝っ転がった”石棺”はどこにあるんだろう。目を凝らしたが結局見つけられなかった。併設されていた資料館で”能面”を発見した。20050221232815.jpg

2004-10-14 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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