アナログの復権


昨日勢い込んで入札した市会。
今日市場で昨日の結果を見て愕然とした。・・・全然落札できていなかった・・・。それなりに考えていつものように入札していたので、悪くてももうちょっと落札できるはずだった。それがたったの1点だけだ。厳しい結果に気持ちも落ち込んだ。
本の相場が上がっているのではないだろうか。値段は理由なく上がることはない。きっと再び本が売れ出したのだ。
大きな流れとして本が復権しているような気がする。いや、本というよりも大きな意味でのアナログか。
時代に合わせてもいいことと、絶対にこれだけは譲れない、という事が人にはある。ビジネスでの連絡や友達との通信にはケータイやメールで済ますのがアタリマエになっているが、どうしても手紙や直接会って伝えなければならない事は厳然とある。
つい今日もゴッドファーザーのDVDを見てしまったのだけど、その中で監督が第一作目の制作をするとき、原作本を全ページ切り抜いて余白を付け、最初に読んだときの第一印象を自由に書きとめたと紹介されていた。製作中はいつも傍らにその本を置き、シーンを撮影する前には必ず目を通したという。
こんな芸当はアナログにしか出来ない。
デジタル機器が人気だが、冷静に見ると、これらはもともとすべてアナログで達成してきた機能をデジタルに置き換えただけのことだ。確かに便利にはなったが、たとえばそれは簡単にできたとか、できる時間が延びたとか、他の機材との連携がしやすくなっただけのこと。それに何をさせるのか、を考えるのは依然としてアナログの”総本山”たる人間の仕事だ。結局デジタル化への流れは”便利になった”と錯覚することで何となく豊かな気分に浸れるにとどまっている。
このあたりが先日の新聞のコラムに書いてあった”ITは産業となりうるか”の趣旨なのだと理解した。
そもそも人間がアナログであり、それを変えようがないことに気が付いた人が、改めてアナログの良さを見直しているのではないか。
何か全く新しい発想・機能が生み出されるには、人間が必要としている事が絶対条件となる。”アナログ”を満足させる発想の出発点が同じアナログになるのは道理。
デジタル機器に対してなぜか愛着心が湧いてこないワケも少しわかった。
はっきり言おう。デジタルとはアナログのコピーでしかないのだ。それがデジタルの本質でありたぶん限界だ。
今日そのことを確信した。

2004-02-06 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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