駅前


今日は珍しくお店で1セット全集が売れた。

30冊以上ある全集だったから、大きな箱を探した。本を詰めると25kgにもなった。お客様のご希望があり宅配便で発送することにした。受け付けてくれる近所のコンビニまでエッチラオッチラと持っていくと、今まで呉服店だったお店がコーヒー屋(豆販売)さんに改装されていた。

店に戻ってオヤジに言うと「和服はもう着る人が少なくなったからね」というお定まりの科白のあと、話は続いた。
新丸子はもともと第三業地のある花街だった。昔からの街道筋で川を隔てた向こうとこっち側は料亭などが犇めき合っていた。同じ東横沿線では綱島も鶴見川を境に花街が発展した。
新丸子は今じゃ当時の面影も残っていないけど、ウチの自宅裏のあたりは一面に料亭と置屋がズラッと並んでいたらしい。そう言われてみればワタシの小さい頃には綱島街道沿いにストリップ小屋があった記憶がある。あんまり関係ないか・・・。
「オレの小学生の頃には新丸子の信号の際にあったマーケットの場所にダンスホールがあったんだよ」と興味深い話。「そこがつぶれた後は一度空き地になって、盛り土がされて土俵が出来てた。相撲大会も開かれてね。」へぇー。「マーケットになったのはその後だよ。そこで買ったパンにジャムを付けて毎朝食べてたよ。」そのマーケットも数年前に取り壊され、現在はズドンとマンションが建っている。
「綱島街道沿いの小学校前あたりにはカフェーがあってね」よく覚えてるなぁ。にしても結構洒落た街だったんだな、新丸子って。なるほど駅前に呉服屋さんが何軒もあるわけだ。

この数年で商店街も随分様変わりしてしまった。昔から営業していたお店が突然閉店することが珍しくなくなった。この商店街が出来た頃からいらっしゃった方が高齢になり、後継者が居なかったということなのだろうか。代わりに入るテナントはケータイ屋さんだったり、ドラッグストアだったりしてなんだかなぁ、という感じ。料亭や置屋だった場所にマンションが立ち並び、昔の新丸子を知る人もどんどん減っている。他所とは違う歴史を刻んできたはずのこの街だけど、駅前にズラリと放置自転車が並ぶような何処にでもある私鉄沿線のベッドタウンになりかかっているような気がする。

ダンスホールがあって、カフェーがあって、料亭に置屋があった頃の新丸子をちょっと見てみたい気持ちになった。

2003-10-31 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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