骨休め2


確か先週は大市真っ最中。

もうずいぶん前のことにも思える。それほど今週は何かに追われていた気がする。

朝、目が醒めると9時。涼しいためか良く眠れた。女房は回復していたが息子はまだ寝ていた。仕方ないことだけど、順番に具合が悪くなると都合が悪い。今日も出かけられない。

遅い昼飯のあと、それでも回復してきた息子の希望もあり、散歩に出かけた。歩いて10分ほどの多摩川河川敷。空は晴れていた。
「今日は向こう側へ行ってみようよ」という息子の希望で橋を渡る。天気が良いためか、河川敷の駐車場は満車状態。あちこちからバーベキューの煙がのろしのように立ち昇っている。まるでミルフィーユのように白い雲が幾重にも折り重なって空に浮かんでいる。遠く山並みが見えた。
西風が強く、橋の欄干にしがみついて遠景を見ている娘の麦藁帽が何度も風で後ろへ飛ばされる。最初は嫌がっていた娘。最後にはむしろ飛ばされるのを楽しんでいる。暑い日差し。夏が来たのかな?と思った。

川は先日来の断続的な雨で白くにごっていた。流れも早く、ちょっと釣れそうもない状況に思えたが、釣り人の多さは相変わらず。リールで投げ釣りをしている人ならまだわからないでもないが、ほんの2m先に浮を浮かべて延べ竿を出している方もいた。川崎側はルアー釣りをしている人ばかりな状況からすると、東京側はのどかなんだなぁ、と思ったり。

東京側から見た新丸子。ワタシの記憶があるのは約30年ほど前からだろうか。その頃と風景は一変していた。高層マンションがニョキニョキと立ち上がっている。用途指定地域が商業地域になっているとこうなるらしい。東京側の風景がそれほど変わっていないのとはひどく対照的だ。

昨日仕入れに伺った街を思い出した。そこは最初から高層マンション街を作るために原野だった場所を切り開いていた。最初からそのつもりであればまだいい。昔からある町並みを根こそぎ作り変えるやり方がわが街で行われ、もとからいる住民とは全く切り離された意思で町並みが変えられていく様に戸惑った。

30年。この時間を”たった”ととらえるか”やっと”と考えるかで感想は変わってくるだろう。たった30年で町並みは一変した、とワタシは思う。

東風に変わると雲は灰色に変わった。雨が降るな、と思い、帰ることにした。途中、ビデオ屋で「ピンポン」を借りて見る。

ダラダラと1日が過ぎた。

2003-07-27 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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