その翌日


昨日落札した品物は昨日中にオヤジがクルマで古書会館まで取りに来た。

ちょうど終礼の時間と重なってしまったので、付合せだけしておいた荷物はオヤジに地下の駐車場まで持っていってもらった。明古は市会が終わった後もあれこれと仕事があるのです。

深夜。店に戻ってみるとさっきの荷物が積み上がっていた。すごい量。今日は朝から検品作業。店に入ってきたオヤジの第一声は「昨日のアレはいくらだった?アレはちょっとゲソっちゃったらやっぱり落ちなかったんだよなぁ」とまだまだ買う気でいたらしい。すごいパワーだ。

ワタシは自分に自信がないから、下札で落札すると大抵あせる。かといって上札でなんとか落札しても高いなぁ、とすぐに利益を削ってでも安く値段をつけたりしてしまう。どちらにしても平静でいられない。要するに経験が足りていないわけだ。
オヤジの昨日の買い方を見ていると、自分の中にすでに数字(感覚)が出来上がっていて、それを一つ一つ確かめながら札として書き出している気がした。下札といっても2番をぶっちぎっているわけでもない。丁度いい数字が一番下に書き込んであった。

経験なのか、性格なのか。

これだけの量を買っていても、アレが落ちなかった、と買えなくて悔しがっている様子。ホントに本が好きなんだな、と思う。

ワタシは会期が近づいた愛書会用の荷物の整理。その間もオヤジはひたすら買ってきた一山と格闘していた。・・・いや、格闘という感じではなかったな。本を見ながらためすがえす。充分見たあとで評価した金額を別の紙に書き込んでいる。それが楽しそうなんだよなぁ。今日1日、本で作業場といわず通路にまで店には本があふれていたが、オヤジは終始上機嫌だった。

ホントに本が好きなんだな、と思う。

本屋たるもの、本のことが好きでなければならない、という意見と、バイヤーとして冷静に本と付き合う必要がある、という意見が平行して存在する。
どっちが正しいのか、を論じても、多分正解は出ないだろうと思う。生き方に模範解答が無いように、本屋にも模範的な経営法なんて存在しないのだ。扱う本、店売り、目録売り・・・。

本にはもともと力が備わっている。その豊富な森は我々本屋のやりたいことをやりたいようにやらせてくれる包容力を持っている。

自分がこれと思った本を自分の思った方法で売る。そんな自由がまかり通る幸せを我々は享受している気がする。

2003-05-04 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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