斎藤三郎氏お別れの会


今日は先月18日に亡くなった故斎藤三郎氏のお別れ会が九段のホテルグランドパレスにて開かれた。

斎藤三郎氏とは神田神保町1-1に店を構える玉英堂書店の二代目店主である。
我々明古の若手数名は、3:50集合でご記帳の受付を仰せつかる。ワタシはその選にもれ、写真を撮って欲しいと言われた。何で撮ろうかと迷ったが、結局見た目に押しが利くニコンF2に35mmレンズと55mmレンズの2本で行こうと決めた。

受付にはズラリと9人もの若手が待機。ご記帳が終わり次第控え室へご案内する。とにかく今回は玉英堂さんが目録をお送りしている方全てにご案内状を出したというからものすごい方々が次々に訪れ、ロビーを埋め尽くした。そのため、予定を少し繰り上げての開場となった。

献花のあと世話人である慶文堂さんのご挨拶。その後も古書業界の重鎮が次々に先代玉(ぎょく)さんの思い出を語る。振り市の頃、ほかの人が1万、2万!と発声している中、「30万!」と発声して皆の度肝を抜いたというエピソードや、東京へ来る度にうなぎをご馳走になった、という京都の方の思い出。どれも皆故人の度量の深さを讃えていた。

最後にご家族の挨拶があったのだが、三代目主人である斎藤孝夫さんの二人のお子さんの挨拶には心打たれた。お子さんといってもワタシとほとんど変わらない年齢である。娘さんは国際結婚し、現在はロンドンに在住という。息子さんは5年間の勤め人生活にピリオドを打ち、現在神保町の他店で修行中とのこと。
ざわついていた会場の雰囲気が娘さんがマイクの前に立ったとたんビッと改まる。そんな中、娘さんは朝早起きだった先代が神保町のお店から九段のマンションまでおむすびと豆餅を両手一杯にして持ってきた、というエピソードを語る。「おいしいよ」と言って食べると満足そうにニッコリしてお帰りになる。その時のお顔が目に浮かぶのか、感極まっての涙。そしてお亡くなりになった1月18日の早朝、先代と一緒に玉英堂で過ごした夢を見たという。大好きだったお店におじいちゃんは戻ってきたんだね、とそのときは思ったが、気になってお店に電話をかけると先代がお亡くなりになっていたと知らされたのだそうだ。彼女の涙ながらに語るその話に皆聞き入った。
息子さんは歴史ある玉英堂の四代目になるべく、努力を惜しまず精進する決意を堂々と語る。

最後に喪主である斎藤孝夫さんの挨拶があり、会は終了した。にぎやかなことが大好きだった先代。その意を汲んでの盛大なお別れ会。素晴らしい人生の幕引きを想う。

合掌。

2001-02-11 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事