女房の実家


今日は正月に行けなかった女房の実家へ日帰り旅行。

そのために昨日の飲み会は少しばかり早引けした次第。それでも朝起きたのは8時で全然早くない。メールチェックなどをしているうちにあっという間に9時。それから朝飯を食べて出かけるのは10時となってしまった。

駐車場からクルマを取ってきてチャイルドシートを設定する。これがまた大変なのだが、それに座る長女は自分専用の椅子と大のお気に入りで、これに座りたくてクルマで出かけようと時折せがむほど。しかし、出発して40分ほどで今日は飽きてきてしまったようだった。

昨日までの市場落札品が山と積まれていたため、古書会館に寄り、荷物を積み込む。丁度荷捌き場は空いていた。15分ほどで出発。京葉道を東へひた走る。といっても両国橋を渡り、亀戸を抜けて一般道である。京葉道の有料線に乗ったのは江戸川を越えるところからだった。

幕張付近から穴川まではお約束の大渋滞。しかも三連休初日である。のろのろと走るうちに長男は気持ち悪いと言い出し、女房はSAで吐いた(^^;。子供が出来てからは乗り物に弱くなったとは本人の弁。

東金道路を中野で降り、ローカルな道をさらに入ったところに女房の両親が暮らす隠居城がある。渋滞と休憩が祟り到着は1:30過ぎ。農業王国千葉県にふさわしく、周りには畑しかない。お隣の農家までは歩いて20分の距離がある。水道もガスも通っておらず、井戸水にLPガスを使用しているというくらいの場所だ。もともとここは別荘として建てたのだが、気に入ってそのまま住み着くことにしたというから、なんともサバイバルなご両親である(^^;。残念ながらワタシはこの場所に3日と居られた事はない。結婚当初はそれでも2泊したこともあったのだろうか。ちょっと記憶にない。朝晩はここ新丸子の温暖な気候とは比べ物にならないくらい厳しい。5度から10度くらい低いのである。ここひと月は当然氷点下の最低気温を記録しているはずである。ユンボで庭を耕したあとに出来たボタ山には霜柱の痕が一面を覆っていた。

子供たちはそのボタ山で遊ぶのが楽しくて仕方がないらしい。登ったり掘ったりしているうちにいつの間にか手も足も泥だらけである。なかなか泥と親しむ機会のない都会っ子には丁度いい経験かもしれないが・・・。
半年ぶりに会う孫たちを前に、女房のご両親はたいそう機嫌が良かった。

2001-02-10 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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